テレホン法話2023年

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12月21日~31日

 

「お浄土の戸籍に入れてもらう」

 

美祢西組 正隆寺 波佐間正弘

 

「お浄土の戸籍に入れてもらうんやで」

これは山本仏骨和上がよくおっしゃっておられたお言葉だそうです。そして続けて、「息切れてからじゃないんだ、今がお浄土への道中なんだ」とおっしゃっておられたそうです。

お浄土に生まれさせていただくということはお浄土の戸籍に入れてもらうということ。そして今がお浄土への道中だということ。これはどういうことなのでしょうか。

長女が生まれた時の話です。私たち夫婦は美祢市に住んでいますが、連れ合いが京都出身ということで京都に里帰り出産をしました。京都の病院で元気な女の子が生まれました。生まれてからはいろいろな手続きがあります。その中でも一番大切なのが出生届の提出です。

娘は生まれてからずっと京都におりますが、1ヶ月もすれば美祢市に帰ってきて美祢市民になります。ですからその届出を京都で私が行いました。無事届出を済ませますと、娘はまだ1度も行ったことのない美祢市の戸籍に入れていただきました。それから1ヶ月は泣いたり、笑ったりしながら日々を過ごしました。この京都で過ごしている娘には、まだ行ったことのない美祢市に戸籍がしっかり準備され、美祢市に娘の居場所が与えられていました。その中で安心して毎日過ごすことができます。

私たちがお浄土に生まれさせていただくということをお聞かせいただくのはお浄土に居場所をいただくということ。あなたの還る浄土はここにあるぞと私の居場所を告げてくださるのが「南無阿弥陀仏」であります。私は何の手続きをした覚えもありませんが、しっかりと私に居場所を与えてくださってあります。

そして美祢市は娘に賢くなって来なさい、立派になって来なさいとは言いません。ただただいつでも帰っておいでねと呼んでくださいます。

阿弥陀様も私にお浄土にふさわしい人間になってから来なさいとはおっしゃいません。ただただいつでも還っておいでと喚んでくださいます。すべて私が準備したからあなたは安心して歩んでおいでねと喚び続けてくださいます。阿弥陀様のお喚び声をお聞かせいただく中に安心して1日1日の日暮らしを送ることができる。私たちの日暮らしは1日1日がお浄土への道中であります。今日も「南無阿弥陀仏」のお喚び声とともに過ごさせていただきたいと思います。


12月11日~20日

 

宇部小野田組法泉寺 中山教昭

 

ブータンという国があります。この国は、「世界一幸せな国」と言われています。蚊、ハエ、ゴキブリを殺さないそうで、そもそも殺虫剤がブータンにはないようです。この国は、特別裕福な国ではなく、むしろどちらかと言うと貧しい国だそうです。ただ、それで本人たちは幸せだと感じているそうです。普通に住める家があればいい。普通に食事ができたらそれでいい。普通の生活ができればそれで幸せなんだと言うそうです。けどそれは数年前までの話で、今はそうではないようです。幸福度ランキングで毎年上位にいたのが、ここ数年は下位に落ちているようです。それにはちゃんと理由があって、スマホやパソコンの普及でよその国の情報が入ったからだそうです。よその国はもっと良い家に住んでいるらしい。もっと豪華な食事をしているらしいと、もっと裕福な暮らしをしている人がいることを知ってしまったようです。それを知ったブータンの人たちは、それなら自分ももっといい家に住みたい。もっと豪華な食事がしたいと思うようになり、今の自分たちの暮らしに満足できなくなり、幸せを感じなくなったそうであります。だから、比べるのは、あまり良いことではないようです。

先日、参加した研修で、幸せについて研究されている方の講義を聞かせていただきました。「自己肯定感と幸福度は比例する」、あるいは、「感謝すること、宗教を信じること、人のために何かすること」も幸福につながると仰っていました。また、日本人は自己肯定感が低い人が多いというのは有名な話だと思いますが、幼い頃はみんな自己肯定感が高いそうです。ただ、小学3年生の頃から自己肯定感が徐々に低くなるそうです。それもちゃんと理由があって、他人と自分を比べすぎるからだそうです。他人と比べることが自己肯定感を下げることにつながるそうです。また、人と比べたときに勝つ人と負ける人がいますが、人と比べて勝ったときに得られる喜びや幸せは長続きしないそうです。だから、他人と比べることはあまりいいことではなさそうであります。

阿弥陀様は、私の姿をご覧になるときに他の誰かと比べて良いとか悪いとかそういう見方をされる方ではありませんでした。私のことをたった一人の我が子として、私のそのままの姿を見てくださいました。私のそのままの姿を見たときに、ああしなさいこうしなさい、あれはダメこれはダメと色々と注文を付けることなく、そのままでいいよ、今のあなたのまま救いますよと仰ってくださったのが阿弥陀様という仏様でありました。

 


11月21日~30日

 

「おすくいということ」

 

豊浦西組大専寺 木村智教

 

私達が日頃申しております「南無阿弥陀仏」は、「今、あなたをすくう仏となっています。だから安心して私に身を委ねて下さい」と告げる阿弥陀様のお呼び声でございます。

仏さまがおっしゃる「すくう」とはどういうことを表すのでしょうか。お正信偈に「拯済無辺極濁悪」という一句がございます。この「拯済」の「拯」という字は「すくう」と読みます。「拯」という字は手へんに「水」に子供の「子」と書き、溺れる我が子を抱きしめて助けあげる親のすがたを描いています。

ある日のニュースにて、ある港で海の底で溺れている人を助ける海上保安庁の潜水士になるための訓練が、取り上げられていました。訓練を受けたのは二十代の男性職員です。まず海から船に登ることから始めます。腕の力で長さ三メートルのロープを登る。彼は何度も力尽き、手放してしまいます。その度に教官と先輩から「諦めるな!」とゲキがとびます。訓練の後、彼は「全然先輩たちについていけなかった。改めて自分の力の弱さを感じた」と、振り返っていました。荒れる海を泳ぐだけでも難しく、溺れる人を抱えて泳ぐことは更に難しい。甲板までたどり着けなければ溺れる人も自らも海へと沈んでしまいます。

仏さまが「仏さまになった」と告げるということは間違いなくあなたを助け上げるだけの強い意志と実力が具わっていることを示しているのです。

今、あなたの声となっている南無阿弥陀仏そのものが、あなたの胸のうちに阿弥陀様がすでに飛び込み抱きしめて下さっていらっしゃる確かな証なのです。

 


11月11日~20日

 

「死後の話はつまらない、ですか?」

 

宇部北組萬福寺 厚見崇

 

浄土真宗は、この私の命終えたとき、お浄土に往生し仏に成るという教えです。こんな話をしていると、「浄土とか、成仏とか、死後の話をされてもつまらん。今、生きている、この人生をどう生きるかの話が聞きたいんじゃ。」と言われてしまいそうです。そうです。今を生きるために、私たちの行き先のお話をしているのです。

 

私たちは、この人生を生きる中で、多くの苦しみに出会っていかねばなりません。年老いる苦しみ。病にかかる苦しみ。死ぬ苦しみ。それだけじゃない。大好きなものとは別れていくし、出会うものは憎らしいことも多い。求めていても得ることはできない。私の体と心から生まれ出る多くの苦しみ。このままでは、苦しみだけの人生で終わってしまう。その私をすくいたいと願い、はたらかれている方を阿弥陀仏とお呼びします。阿弥陀仏は、この私を苦しみのないお浄土に往生させ、安らかな仏にしてみせると誓われました。

 

今の私の人生を問題として、お浄土に往生して、仏と成るという目的地を示されたのが浄土真宗のお話です。このお話をどこかのおとぎ話ではなく、今、私のためのお話と聞き、信じ受けたとき、私の行き先が定まります。親鸞聖人は、「信心定まるとき往生また定まるなり。」とお示しです。行き先、目的地が定まって、はじめて私たちは今の道を確かに歩んでゆけます。

 

浄土真宗のみ教えを聞いたからといって、今の人生の苦しみが消え去ることはありません。苦しみがなくなることのない人生だからこそ、阿弥陀仏のすくいがご一緒してくださいます。それは、もう苦しみだけで終わるお話ではありません。死後に、浄土に往生し仏に成るというゆるぎない確かな阿弥陀仏の世界をいただく人生です。今の私のために阿弥陀仏がご用意された、死後のお浄土、成仏のお話をたよりに、ご一緒に歩みましょう。

 


11月1日~10日

 

熊毛組光照寺 松浦成秀

 

「もろもろの雑行雑種自力のこころをふりすてて、一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、御たすけ候へとたのみもうして候ふ。」

と、領解文の冒頭でお示しです。自力のこころを離れて阿弥陀如来の本願他力にすべてを託する、捨自帰他の安心が示されています。

本年は親鸞聖人がお生まれになられまして、御誕生850年の記念すべき年です。ご本山本願寺では3月から5月にかけまして親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年の大きな法要が営まれました。令和5年10月21日には新山口駅近くのKDDI維新ホールにて山口教区主催の親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年の法要も営まれました。 あるご門徒がご本山の法要にお参りされた感想として、「よくもまあ、クレーン車もない時代にこれだけの大きな立派な建物を建てられたものだなあ」と素朴な感想をしみじみと教えてくださいました。本願寺は一般的な寺院が5軒も10軒も入るような大きな伽藍です。江戸時代初期、京都の現在の地に本願寺が移転され様々な歴史の流転の中で、クレーン車も科学技術も未発達の時代にあのような大きな大きな伽藍が建設されました。そこには親鸞様がお示しくださった本願他力のおみのりを喜ばれる人があふれんばかりに集っていらっしゃったことでしょう。時代に応じて様々な苦労はあります。令和の時代も確かに科学技術は発達しましたが、新型コロナウイルス、気候変動に伴う台風や猛暑、社会に漂う閉塞感、問題点をあげればきりがありません。しかし、親鸞様がお生まれになられたのは850年前です。科学技術も未発達、ひとたび飢饉や疫病、災害が起これば人間の力ではなすすべのない、物質的にも豊かでない時代を先人方は仏様の教えを人生の支えとされながら、数多の困難を乗り越えてこられました。浄土真宗の歴史は、絶望にであった人間が、自力ではどうにもならない、ただ仏さまにおまかせするばかりと、本願他力により救われていかれた、阿弥陀様のお慈悲を慶ばれた歴史と言えるのかもしれません。親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年の法要に当たり、その教えをきちんと顕正するために教行信証を執筆くださった御開山、親鸞聖人のご苦労とその教えを正当に伝えてくださった先人方のご苦労をおもわずにはおれません。

浄土真宗は本願他力の救いです。煩悩具足の凡夫、煩悩まみれのどうしようもない私が、阿弥陀様の本願力によって浄土に生まれて仏さまに成らせていただくという救いの上に置いて、私の手垢は一切つきません。すこしずつとらわれの心ははなれられないのです。だからこそ従来の領解文のうえでも自力無巧と、もろもろの雑行雑種自力のこころをふりすててとお示しです。

 


10月1日~10日

「柱」

 

防府組万巧寺 石丸涼道

  

福岡県に成照星という先生がいらっしゃいます。この先生が「南無阿弥陀仏は柱だ」と教えてくださいました。

私のお預かりするお寺では法座の際には椅子をご用意致しまして、お同行の方々はその椅子に腰かけて、お聴聞下さいます。ただ、二〇年・三〇年前は畳に正座をしたり、あぐらをかいたりしてお聴聞しておられました。

ただ、このあぐらというのが良し悪しで、お聴聞しておられる時は楽ですが、続けるとだんだん腰が痛くなってしまいます。だから休憩時間には大体、本堂の柱のところに行かれて、その柱に背を預けるようにしてお聴聞されます。ただ、五月の永代経の時分です。気候がいい、しかもだんだんお説教が眠たくなってくる、そうなったらこの方、船を漕ぎ始めます。

「zzzz、zzzz…ハッ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」そうしてまたお聴聞が始まります。

もし、背を預けておるのがベニヤ板であるとするならば安心して背を任せることはできません。その背にあるのが立派な本堂の柱だからこそ、安心して背を任せる事ができるのではないでしょうか。

南無阿弥陀仏は柱だと教えていただきました。この南無阿弥陀仏は私の人生の全体重を預けたとしても安心することができます。

もしかしたら、私たちの人生は色々なものを柱にしていくかもしれません。地位や名誉や財産、愛する家族。それらは、私の人生の一部を豊かにしてくれるかもしれません。ただ、私たちは出会いの喜びが大きければ大きいほど失う悲しみが辛いものです。私たちが手にするものは必ず失っていく、そして失う悲しみの方が大きいとすれば、私の人生を根本から支えてはくれないかもしれません。ただ、地位をなくし名誉をなくし財産をなくし、愛する家族を失って、人から段々嫌われて、

たった一人になったとしても、如来さまだけが「あなたの事が好きだよ」と、いつでもどこでもどんなときでも南無阿弥陀仏とはたらいて下さいます。

この南無阿弥陀仏だけが真の私の人生の柱となるのだとお聴聞にあずかることであります。


9月1日~10日

 

 「蓮如上人と一休さん」

               

下松組光圓寺 石田敬信

 

浄土真宗の肝要をまとめた御文章を著された蓮如上人と、一休さんは同じ時代に生きられて様々なやりとりが残っています。

一休さんは名前を宗純(そうじゅん)といい、禅宗の僧侶でしたが母親が浄土宗の信仰者でしたので、他宗にも柔軟な考えがありました。浄土真宗のみ教えも認めていたそうです。

ある時、仏説阿弥陀経を読んだ一休さんが蓮如上人に詩で疑問を投げかけました。お浄土は、十万億の仏さまの国を超えたところにあると説かれているが、足腰が悪くなった人は辿りつけないではないかと尋ねたところ蓮如上人は、お浄土は十万億仏土過ぎたところにあると説かれているけれども、近道は南無阿弥陀仏の一声であるとお答えになったそうです。あなたを必ず仏にしますという阿弥陀さまに、おまかせする一念に、どんな人もお浄土に生まれて仏になることが定められる、という意味でした。

また一休さんが御文章を読まれてこれはおかしいと問います。阿弥陀さまは全ての人を救うといいながら、おまかせする人しか救わない、これでは本当の慈悲はないのではないかと言います。これに対して蓮如上人は、阿弥陀さまには分け隔てをするこころはないが、救いを受け取る側が、自分の耳にふたをしてお救いを疑えば、届いているお救いもこころには届かないと返されました。月の光をお救いに例えて、その光がどこにでも届いてあるのに、蓋のある水おけには映らないと、見事に返されたのです。

私の自分中心に生きてしまう煩悩というものを見抜いて、そのまま地獄行きにはしないと、阿弥陀さまが永い永い時間をかけて修行をして積まれたお徳のかたまりが南無阿弥陀仏なのです。その南無阿弥陀仏が私の耳に届き、私の口からあらわれているのがお念仏です。

私は自分の力で、阿弥陀さまにたよらず仏になれます、徳を積めます、という自力心が阿弥陀さまの届いているお救いを拒絶するのです。蓮如上人はそこを、自力のこころをふり捨てて一心に阿弥陀さまにおまかせしましょうと、お示しくださっているのです。

お聴聞続けると、阿弥陀さまの確かなお救いに気づかされて、疑いが安心に変わります。私のためのお救いであったと頂くとお聴聞が楽しくなってやめられなくなります。そのようにお育てくださるのも阿弥陀さまのおはたらきなのです。

 


8月11日~20日

「いのちの『ふるさと』」

 

 

華松組安楽寺 金安ちづる

 

お盆が近くなりました。浄土真宗のお盆とは、先人の方々のご縁を通して、この私が仏様のみ教えに遇わせて頂くご縁であります。

とくに今年は、「ふるさと」に久しぶりに、帰省される方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。ぎゅうぎゅう詰めの新幹線にたくさんの荷物をもって帰る人、高速道路で渋滞にあいながら帰る人。そして、「ふるさと」で待っている人は、大変な思いをして帰ってくる人のために、布団を干し、好きなものを準備して「あれもこれも大変」と言いながら、その姿は、嬉しそうであります。それぞれが、「ふるさと」という言葉にいろいろな思いを巡らしているのではないでしょうか。

そんな「ふるさと」という言葉を思うとき、ある先生がこんな言葉を教えてくださいました。

「ふるさと」それは 私をいつでもまっていてくれるところ

「ふるさと」それは、私をいつも励ましてくれるところ

「ふるさと」それは私がいつか必ず帰るところ

「ふるさと」に支えられて今私はここに生きています

この言葉を味あわせて頂くとき、例えば旅行に行ったとき、その旅行先で楽しむことが出来ます。なぜでしょう。必ず帰るところがあるという安心があります。コロナ中、行き来ができなかったけれど「ふるさと」にいつか帰れると支えられた私がいるのではないでしょうか。

そして、私たちは、大切なものは、「いのち」と分かっていても、人間の境涯には、必ず「死」が参ります。頭でわかっていてもなかなか受け入れ難いことです。先立って行かれた大切な方々は、ただ、むなしく「いのち」終られたのでしょうか。

阿弥陀様は、この私に、死んで終わりのいのちではないと、「あなたには、お浄土といういのちの「ふるさと」があるのですよ」「必ずあなたをお浄土に迎えとって仏に生まれさせます。まかせてくださいね」「南無阿弥陀仏・なむあみだぶつ」とおよびかけて下さっています。

いのちの「ふるさと」それはお浄土。そこには、懐かしい人たちが仏様と成って「お帰り」と私を迎えて下さいます。いのちの「ふるさと」それはお浄土に阿弥陀様とご一緒に「ただいま」と帰っていけると、お聞かせいただきます。

 


8月1日~10日

 

「出逢い」

 

須佐組教專寺 吉岡顕真

 

私が以前、法務をしていました大阪府内の寺院での話です。

その女性の方は若くして御主人様を亡くされ、それまではお寺との縁がほとんどな遠い方でした。

ある日、突然、御主人様を亡くされてからいろいろと分からないことを住職さんに相談する内に、住職さんから、「良かったら、お寺に足を運んでみませんか」と声を掛けられたのがきっかけで、気が付けば、お寺で法座が勤まる折には、バスと電車を乗り継いで片道約一時間あまりの道のりをかけ、毎回、足を運ばれるようになりました。

今から十年程前になりますが、その女性の御子息様が突然、会社で倒れられました。

病名は、働きすぎからの脳梗塞で、そのまま意識不明の昏睡状態がずっと続きました。

昨年の年末にその女性の方から、一通の葉書が届きました。

その葉書は、約十年程、意識不明の昏睡状態が続いていた御子息様の御往生を知らせる喪中の葉書でした。

私はすぐにその女性に電話をかけました。

「ちょうど息子が往生する十日前に、主人の五十回忌法要を勤め終えたところで、おそらく主人が息子を喚んでくれたのだと思います。

主人が早くに亡くなり、息子も若くして病気に倒れたのも、私をお念仏の世界に導くための如来様からのお手廻しだったのでしょうね。

これからは、先だった主人と息子の分まで長生きしようと思います」との言葉でした。

女性の方との話をしながら、かの有名な和食界の料理人、道場六三郎さんのお母様がわが元を巣立つ息子さんに

「恋しくば 南無阿弥陀仏と唱ふべし

母は六字のうちにこそ住め」という詩を教え、送り出されたことを思い出しました。

御開山親鸞聖人はご自身の著書であります「顕浄土真宗教行証分類」の後序に、「前に生まれんものは後を導き、後に生まれんひとは前を訪へ」と記されておられます。

私の人生の中にいろいろな方との出逢いがあります。

人間ばかりでなく、犬も猫も植物も生きとし生ける物を通して言えることではないでしょうか

全ての命との出逢いは、偶然の積み重ねでありましょう。

全ての命の中に、一つしかない命があります。

いただいた出逢いと命を大切にしたいものです。

 

    南無阿弥陀仏

 


7月11日~20日 

「相談相手」

 

邦西組照蓮寺 岡村遵賢

 

 さて、今日も今日とて、悩みは尽きません。誰に話し、誰に答えを聞くべきでしょうか。エアコンが効かなくなったら電気屋さんに。喉が痛くなったらお医者さんに。税金の事がややこしければ役場の人に…。それぞれの問題に、それぞれの専門家がいます。

 では、私の人生の意味を誰が知っているでしょうか?私の命の行方を知る人はいるでしょうか?テレビでしゃべっている人も、インターネットに溢れる情報も、人間を超えるAIの頭脳でも、誰も答えを証明することはできません。

 自分の人生くらい自分でわかる。と言いたいところですが、なかなかそううまくもいきません。妙好人として知られる因幡の源左さんは、「この心に相談すりゃ、まあちょっと云うぞいな、いつ相談してみてもいけんけえのう。」とおっしゃっています。ちょっとのダメージで決めたはずの心は崩れていきます。歳と共に、自分の体が、自分に逆らい始めます。容赦なく迫る死の壁を越える術は知らないまま、夜中に一人、布団の中で考え込んでみても答えは出ません。出てくるのは得体の知れない妄想と不安ばかりです。

 源左さんは続けて言います。

「親さんに相談すりや、助ける助ける、そのまんま助ける。いつ相談しても親さんは間違いないけんのう。」

 源左の相談相手は南無阿弥陀仏の親さまでありました。お念仏申しながら、親さま相手に相談話。いつ聞いても「必ず浄土に連れて行く」という揺るぎないお答えがあります。妄念だらけのこの私を、「そのまんま助ける」とのお喚び声。何があろうと、答えがぶれることはありません。

 お念仏の生活は、南無阿弥陀仏の親さまとご一緒の日々。過ちの多い人生、何が起こるかわからない世の中に於いて、間違いのない親さまに引かれて行きます。

 今日も今日とて、御恩は尽きません。

 

称 名


2023年7月1日~10日

 

「つながり」

 

防府組明照寺 重枝真紹

 

 私たちは、過去を思うこと未来を思うことできますが、生きているのは今この瞬間です。でも、この今というのは過去からのつながりの結果でもあります。

 さて、「偲ぶ」という言葉がございます。漢字を見ますと「人偏に思う」と書きますので、その人を思うことが一つ「偲ぶ」ことかと思いますが、その人を思うことは同時に、その方あって今の私があるという気づきをいただくことでもあります。

 私というものは自分本位で物事を見る傾向がありますので、気づいていない、また、気づいても忘れがちではありますが、多くの方がたのおかげにより、今の私がある。そこに気づいているのと気づいていないのでは、見える世界が大きく異なります。

 仏さまは、その智恵でもって様々な気づきを私に与えてくださります。その根底には、私に安心を与えたいといったお慈悲がございます。そして、私どもが御本尊と仰がせていただいております阿弥陀さまは「摂取不捨」、決して私を見捨てられない仏さまです。私のいのちのうえに至り届き「我にまかせよ、必ず救う」と、いつでもどこでも私とご一緒くださっている仏さまが南無阿弥陀仏の仏さま、阿弥陀さまです。

 私たちは、言葉で生活をしております。言葉で傷つけ傷つけられもしますが、言葉に支えられることも多々あります。仏さまのお言葉はどこまでも私を支えてくださります。そして、先人方は仏さまのお言葉をお経といただかれました。 

「経」には、縦糸という意味があり、先人方は、仏さまのお言葉を私のいのち、人生を支える縦糸だとよろこばれ、私たちまでつなげてくださいました。そのお心には、私たちに「安心して生き抜いて欲しい」という願いが込められています。私たちは、願われているのです。

そのつなげてくださった思いを受け止める。それがまた偲ぶ事とも思います。そして、その思いをつなげる。そのことが、また未来につながります。

 これからお盆を迎えます。お盆に限ったことではございませんが、先人方を偲び、お経にたずね、お念仏申す日暮らしを共にさせていただきましょう。南無阿弥陀仏。


2023年6月21日~30日

『雷』

 

美和組超専寺 田坂亜紀子

 

 浄土真宗のご本尊である阿弥陀さまは、私たちのいのちを仏さまにするとお誓いくださいました。死んで終わりではなく、仏さまになって終わりでもありません。仏さまになったら、またこの苦しみ悲しみ多き娑婆世界に還ってきて、苦しんでいるもの、涙を流しているものの命を支え、仏縁へと導いてゆきます。

 

昔お世話になったご門徒さんのお話です。

ある時、お参りの日。その日は前日の晩に長い時間ゴロゴロと雷が鳴っていたので、さっそくそのことを話題にさせてもらいました。

 

「昨晩はすごい雷でしたね」

「そうなのよ。もう私、この世で何が一番怖いって雷なのよ。だから昨日は本当に怖かった!」

 

そのご門徒さんは、ご両親と、お連れ合いと、子供さんに先立たれ、広いお家にお一人暮らしをしておられました。たった一人で一番苦手な雷の音に震えあがっておられたのだそうです。

 

「昨日は布団の中で手合わせてナマンダブナマンダブナマンダブ……って、ずっとお念仏してたのよ。おかしいでしょう?いい年したおばあちゃんが子供みたいでしょう?」

「雷鳴ったらいつもそうやってお念仏して過ごしておられるんですか?」

「そうよ。母が息を引き取る前にね、私母の手を握っていたら母が言ったのよ。お母さんは死んでもいなくならないからね。お母さんは仏さまにならせてもらうのよ。だからこれからもずぅっとあんたと一緒よ。寂しかったらね、お念仏しなさい。あんた昔っから雷が苦手だったから、雷が鳴って怖い時にはお念仏しなさい。お母さんは仏さまになって、いつでもあんたと一緒にいるからねって、そう言ってくれたの。だから昨日もお念仏したのよ。」

 

そう、しみじみと話してくださいました。そのご門徒さんにとって、雷が鳴って怖い夜がそのまま、お母さんと一緒のぬくもりいっぱいの夜だったのでしょう。

「おかしいでしょう?いい年したおばあちゃんが子供みたいでしょう?」と仰っておられましたが、おかしくなんかないですよね。誰しもが、どれほどいい大人になって、気丈に振舞い強く明るく生きているようで、ふとした折にたまらなく寂しくなったり、怖くなったりするのではないでしょうか。

阿弥陀さまは私たちのそんな弱さをよーく知り抜いてくださり、私たちの為のお救いをご用意してくださいました。「心を強く保って生きていきなさい」ではなくて、弱虫でさびしがりで怖がりな私が、仏さまに支えられて生きるという仏道をご用意くださいました。これが浄土真宗という仏教です。

 

 


2023年6月11日〜20日

 

厚狭西組善教寺 寺田弘信

 

 

「迷っているものを迷わせることほど、簡単なことはない」これは私とご縁のある、布教使の先生のことばです。

現在は情報社会ともいわれるように、さまざまかつ大量の情報が世の中に溢れかえっています。インターネットやスマホなどの電子機器の普及により、それらの情報のなかから、自分の欲しい情報をいつでもどこでも簡単に得ることが出来るようにもなりました。

しかしそのような便利な状況・環境には、大きな罠が潜んでいます。それは自分が獲得した情報が正しい情報なのか、それとも間違った情報なのか、それを自分で判断しなければならないということです。しかも自分が得た情報を、一旦正しいと判断した場合、その情報の真偽は別として、それに対する認識・価値観を変化させることは、なかなかたいへんなことであります。

頭で覚えたものを「知識」という。たしかに「知識」は私たち人間の生活をより豊かにしてくれます。しかしどんなに「知識」や財産などを積み上げても、この私のお浄土参りの役には全くたちません。それどころか、それらを当てにする心が、阿弥陀さまのお救いをはねのけることにも繋がるのです。

阿弥陀さまの「かならず救う。我に任せよ」という「南無阿弥陀仏」の呼び声ひとつで、この私は救われていくばかりである…お浄土行き間違いなし(この世の縁が尽きたとき、お浄土に生まれ、ただちに阿弥陀仏を同じ悟りの仏とならせていただく)というのが、浄土真宗のみ教えなのです。

身と心で覚えるを「智慧」という。阿弥陀さまの「智慧」をいただいて、この私の生き方が変わる。そんな私にお育てくださった阿弥陀さまに対して、またこの私と阿弥陀さまと巡り合わせてくださった親鸞聖人さまはじめ、有縁の方々にお礼申し上げるばかりであします。

 

ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。と…

 

南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…


2023年5月11日〜20日

 

「よりによってなぜ」

 

白滝組専修寺 高橋  了

 

先月、長男が小学校に入学しました。入学式の前日、床屋さんで髪を切ってもらい、制服に袖を通して、ランドセルを背負い、とても楽しみにしていました。準備万端で早めに布団に入ったものの夜中にふと息子の身体が熱くなっているのが分かりました。これは明日の入学式は出られないなぁと思っていたら、痙攣を起こしたのです。以前にも高熱でひきつけを起こしたことがあったため落ち着いて対処できましたが、よりによってなぜ今日なのか。

 

そして、ちょうど2年前に同じ症状で救急搬送された日のことを思い出しました。2年前も同じ日付の4月10日でした。こうなれば、何かこの日に理由をつけて、心の落ち着き場所を探したくなるものです。「よりによってなぜ今日なのか」と執われる人間の弱さを我が身に感じました。

 

親鸞聖人は『正像末和讃』に

かなしきかなや道俗(どうぞく)の 良時吉日(りょうじきちにち)えらばしめ

天神地祇(てんじんじぎ)をあがめつつ ト占祭祀(ぼくせんさいし)つとめとす

 

とお示しくださいました。仏教の教えに遇いながらも、良い時良い日に執われて、天の神や地の神を崇めつつ、占いや祈りごとに余念がない。なんと悲しいことでしょう。と嘆かれました。

 

浄土真宗は、現世祈祷にたよらない、日の良し悪しを言わないと聞いておりながらも、心の落ち着き場所を探したくなるものです。しかし、日の良し悪しや占いは、時にそれらのことに執われ、人生を縛り、振り回されることもあります。これは主体性を見失った人生とも言えるのではないでしょうか。

 

阿弥陀さまを依りどころとする生活は、碍りの無い道、無碍の一道とお示しです。何ものにも碍げられることのないお念仏の道です。思い通りにならない人生ではあるけれど、悲しみのままには終わらせないと転じられてゆく道こそがお念仏の道でありました。


2023年5月1日~10日

 

「常行大悲の利益」 

 

豊浦組専徳寺 原田 英真

 

『大悲経』にのたまはく、「いかんが名づけて大悲とする。~もしよく展転してあひ勧めて念仏を行ぜしむるは、これらをことごとく大悲を行ずる人と名づく」

(『本典・信巻』)

 

今アナタがここに電話してきたということは、アナタの周りで、誰かがお念仏を慶ぶ姿を見せてくれた。アナタに大悲を行じてくれたということなのです。その本人にお念仏を勧める意思はなくとも、人を通して、姿を通して、阿弥陀様のお慈悲が伝わるのです。例えば、父母・祖父祖母の朝晩お仏壇にお参りする姿を見ていたことが、数十年後自らの上に花開く(同じことをしている)ということがあるというのです。

 

私にお念仏を慶ぶ影響を与えてくれるお方の一人に、広島県の法友がいます。

その友がある時、詩人・谷川俊太郎さんの「生きる」という詩を文字って、

「称える」という詩を作りました。時々思い出しては、支えてもらっているので、

お裾分けしたいと思います。(※本人の了承は得ております)

 

              「称える」

 

称えるという事。今称えているという事。それは口癖。

タクシーに乗った時、ふといつもの口癖で、

南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏と称えてしまい、運転手さんをギョッとさせ、

「なるべく安全運転でいきますから。」と、変な気を使わせてしまうという事。

 

称えるという事。今称えているという事。それはポーズ。

普段は南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏ぐらいの声のボリュームで称えているくせに、

お説教で呼ばれたお寺の講師間では、有難い御講師さんだと思われたくて、

南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・南無阿弥陀仏と、

大きな声で称えてしまうという事。

 

称えるという事。今称えているという事。それは妻の最終兵器。

夫婦喧嘩のクライマックスで、

こっちがどんなに、きつい言葉を浴びせかけようとも、

妻は最後には、「ハイハイ。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」

としか答えてくれなくなるという事。

それを言われたら、何も言い返せなくなるという事。

だから、先に言ったもん勝ちだという事。

 

称えるという事。今称えているという事。それは奇跡。

人の悪口や、自慢話で、さっきまで盛り上がっていたお寺さんの飲み会で、

幹事さんが立ちあがり、「それではここで一端、中締めにしたいと思います。合掌」

と言った次の瞬間。「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」

と仏徳を讃嘆したことになる言葉が出て下さるという事。

出るはずのない言葉が出て下さっている不思議ということ。

 

口癖になるほどに称えてくれよと願われてあるという事。

ポーズでいいから称えてくれよと願われてあるという事。

夫婦喧嘩の真最中にも称えてくれよと願われてあるという事。

悪口や自慢話のやまない、その口で称えてくれよと願われてあるという事。

 

称えるという事。今称えているという事。

それは人間の言葉ではないという事。

生死を越えた真実の世界から、流れ出たすくいの言葉だという事。

 

若くして事故死した息子さんのお通夜で、遺体に取りすがってなくお母さんに

届く人間の言葉などないという事。

そんな時、お寺さんである私は、お母さんに何にも言ってあげられないという事。

何にも言うべきではないという事。

お勤めしましょう。称えましょうという他ないという事。

 

称えるという事。今称えているという事。

それは、一瞬にして命の尊厳を回復する真実の言葉が、

この悲しみの大地に響き渡っているという事。

仏様の声を聞くという事。

仏様に呼び覚まされているという事。

仏様に抱かれて歩むという事。

 

称えるという事。今称えているという事。

人は生まれるという事。人は老いるという事。

人は病むという事。人は死ぬという事

人は愛し合うという事。人は傷つけ合うという事。

人は悲しいという事。この世の中は苦しいという事。

 

それでも。 それでも。 この苦しい世の中で、底なしの大悲に出遇ったという事。

雨の日も南無阿弥陀仏。晴れの日も南無阿弥陀仏。

大悲の中で生まれ。大悲の中で老い。大悲の中で病み。大悲の中で命終え。

大悲の中で愛し合い。大悲の中で傷つけ合っているという事。

 

称えるという事。今称えているという事。

 

アナタの大悲の懐。ぬくもり。命という事。


2023年3月1日〜10日 

 

「浄土真宗の名のり」

 

大津東組明専寺 安部智海

 

先日、とあるテレビ番組で、古代メソポタミア人が食べていた料理を、現代の日本に再現するという取り組みが行われていました。その取り組みのなかで、古代メソポタミア文明では、すでにパイ生地包みの料理があったという驚きの事実が判明します。そして、その料理を実際に調理・再現してスタジオの出演者たちで試食するという場面が放送されていました。さて一体、どうして3800年も昔の古代メソポタミアにパイ生地包みの料理があることが分かったのでしょうか。そして、3800年も昔のメソポタミア人の料理をどうやって現代の日本に再現することができたのでしょうか? 答えは、粘土板に刻まれたレシピが現在まで残っていたからです。つまり文字が残っていたおかげで、3800年というはるかな時間と、空間を隔てて、現代の日本でも古代メソポタミア人が食べていた料理と同じ料理を忠実に再現して味わうことができたのです。

 

仏教にも文字として残された経典があります。文字として、お経さまが残っているからこそ、私たちにもその教えの存在を知ることができます。仏陀のお悟りが文字になったものですから、ただの文字の集まりとしてではなく、「お経さま」あるいは「仏説」として、これまで多くの人々に大切にされてきたわけです。ところが、この仏陀のお悟りを、仏陀のお悟りのままに理解することが私たちにはできません。せっかく仏様のお悟りの内容が言葉になって表現されているにも拘らず、料理のレシピのようにはいかないようです。こうした数あるお悟りの言葉のなかで、とくに私の救いに繋がる浄土のみ教えを言葉にして「浄土真宗」と顕され、そのみ教えを『教行信証』という書物にまとめあげてくださった方が親鸞聖人でした。浄土の真の教えがあるということを力強く「浄土真宗」と宣言してくださったからこそ、いま私がこの南無阿弥陀仏に出遇えたのでした。お悟りの世界から煩悩のただ中に生きる私の世界に、南無阿弥陀仏と現れてくださった仏さまのおはたらきを、ともどもに味わってまいりたいものです。


2023年2月21日〜28日 

 

「かみなりお母さん」

 

華松組安楽寺 金安一樹

 

今年で16回目を迎える「いつもありがとう作文」コンクールというものがあります。その中で、2017年、小学2年生の男の子の書いた作文に心打たれました。

 

僕は3人家族です。背が高くて、今まで怒ったことがない、お父さん。毎日、「いそがしい。いそがしい。」と、急いでいる、お母さん。今日は、お母さんについて書きます。

 

お母さんの仕事は先生です。仕事では、優しい先生だと僕に教えてくれました。でも、内緒の話です。お母さん、毎日、僕をたくさんしかります。だから仕事でも、怖い先生だと僕は疑っています。朝六時「もっと丁寧に弾きなさい」朝ごはんの前から、お母さんはしかっています。僕は、毎朝、ピアノの練習をしています。学校からまず帰ってくると、宿題のほかに、ドリルを4枚やります。仕事から帰ってきたお母さんは、次の日のごはんの下ごしらえをしながらかみなりを、たくさん落とします。「丁寧な字で書きなさい」「ゆっくり、考えれば、間違えないでしょ」ごはんの時間です。「左手で支えなさい。野菜もしっかり食べなさい。好きなものだけ食べてはだめよ。」

 

毎日毎日、お母さんかみなりが落ちるので、僕は、六月の土曜日、かみなりがおちる前に家を出ることにしました。行き先は、そうぞうの森、ザリガニをとることにしました。ザリガニが釣れたらもちろん、家に帰ることにしました。ザリガニがとれませんでした。

 

帰り道、行き先を言わないで、出かけたことを、お母さんはとても怒るだろうな、どんな大きなかみなりが落ちるんだろうと、ドキドキしていました。家の前の公園に着くと、お母さんがいました。「うわっかみなりが落ちる」と、思った瞬間、お母さんは、僕を抱きしめながら、「こうちゃん」と言いながら泣いていました。お母さんの涙を見ると、なぜか、僕の目から涙が溢れてきました。「ごめんなさい」僕は泣きながら、勝手に出かけたことを謝りました。お母さんは、泣きながら、僕の頭と、ほっぺと、肩を触りました。そしてこう言いました。「こうちゃんが逃げたくなるほど、しかってごめんね。」「こうちゃんは、宝もの。大事。大切だから、もう勝手に出かけたりしないで。」僕は泣きながら、何回もうなずきました。

 

今日も、僕はしかられています。でも、お母さんのかみなりは、宝ものの僕にしか、落ちないのです。だから僕は、かみなりをたくさん受けて、いつかお母さんみたいに、自分の子どもにも、あたたかいかみなりを落としたいです。

 

 お母さん、いつも、しかってくれて、ありがとう。優しいお母さんも好きだけど、かみなりお母さんも大好きです。

 

お互いが思いあっていてもその思いに気づくことってとても難しいですよね。だからこそ、阿弥陀さまが、相手と自分との思いとが一つに分かち合っていく“一如”というおさとりの世界こそ、大きな喜びと安心が広がっていくのだよと教えてくださる大切な意味をこのお話から教えてもらいました。


2023年2月11日〜20日 

 

「誰一人漏らさないお救い」

 

宇部小野田組法泉寺 中山教昭

 

性別と聞くとほとんどの方が男性と女性の2種類を思い浮かべると思うんです。しかし、最近はLGBTQという言葉があるように2種類だけではなく、色んな性があると言うのが現代の流れであります。タイという国は、LGBTQに寛容な国で、18種類の性があるそうです。女性が好きな男性、男性が好きな女性、男性が好きな男性、女性が好きな女性、女性になりたい男性。他にも、「トム」と言われる、女性とディーが好きで、男性の格好をした女性。「ディー」と言われる、男性的な女性やトムが好きな女性。「トムゲイ」と言われる、女性・トム・ディーが好きな女性など、全部で18種類の性があるそうです。私たち日本人にはあまり馴染みがなく難しく感じますが、なぜタイには18種類もの性があるのか考えてみると、きっと男性と女性の2種類だと漏れる人が出てくるからだと思うんです。すべての人をどれかの性に当てはめようと思ったら、これがいる、あれがいる、こういうのもいる、ああいうのもいると18種類になったんだと思うんです。だから、誰一人漏らさないようにするには、18種類の性が必要だったということだと思うんです。

 

阿弥陀様という仏様は、誰一人漏らさず救いたい、すべての人を救いたいと誓われました。そのためにはどうするべきか長い間考えに考え抜かれました。計りしれないほどのご苦労の末、誰一人漏らさないお救いを完成させてくださいました。そのお救いを私に届きやすいように称えやすいように南無阿弥陀仏という声の仏となってくださったのが阿弥陀様という仏様でありました。


2023年2月1日〜10日 

 

熊毛組光照寺 松浦成秀

 

如来大悲の恩徳は

身を粉にしても報ずべし

師主知識の恩徳も

ほねをくだきても謝すべし

 

 

昨年の年末、12月の年明け直前に祖父の弟、私からしたら大叔父が89歳で往生の素懐を遂げました。寂しさを抱えずにはおれませんが、私たちは大切な方との別れを通して、阿弥陀様の御慈悲にであわせていただけます。寂しいお正月を迎えたわけですが、そんな中、有難い年賀状をいただきました。

 

「昔は石や木、絵を拝んでいると思っていました。でも今は、、、。」その方はご両親との死別をご縁にお寺の御法座にまいられるようになりました。仏縁がまったくない頃は石でできたお墓はただの石に。お寺の御本尊の阿弥陀如来は木で彫られた木像ですが、ただの木に。そして親鸞様や蓮如様、七高僧様は絵で描かれた御絵像さまですが、ただの絵に。お寺の御法座にお参りされる前は、あくまでそれらは石や木や絵でしかなかったのでしょう。しかしお聴聞を通してその方は大きな大きな仏様の世界にであって行かれたのでしょう。その思いが、「でも今は、、、」という言葉にあらわれています。

 

浄土真宗の流れをいただく門信徒にとって人生の目的の一つであります御正忌報恩講が御本山におきまして円成され、そのあとで改めて大叔父の本葬が挙行されました。地域に根差した活動や青少年への布教、伝道に熱心に取り組まれた生涯とお人柄に御葬儀を通して触れさせていただきました。最後に御仏に抱かれての仏教賛歌を参列の皆さんと斉唱いたしました。その歌詞が心に染み入りました。

 

 

一、みほとけに いだかれて

  きみゆきぬ 西の岸

  なつかしき おもかげも

  きえはてし 悲しさよ

 

二、みほとけに いだかれて

  きみゆきぬ 慈悲の国

  みすくいを 身にかけて

  しめします かしこさよ

 

三、みほとけに いだかれて

  きみゆきぬ 花の里

  つきせざる たのしみに

  笑みたもう うれしさよ

 

四、みほとけに いだかれて

  きみゆきぬ 宝楼閣(たまのいえ)

  うつくしき みほとけと

  なりましし とうとさよ


2023年1月11日〜20日 

 

「報恩」

 

防府組明照寺 重枝真紹

 

私たちは、見たり、聞いたりして育まれた意識でもって、ものごとを見ている傾向があります。言い換えれば、聞いたことで意識も変わり、見える世界も変わるとも言えます。私がお預かりしておりますお寺の側には小学校があり、田植えの授業が行われています。授業で田植えを経験した小学生は、お米一粒にどれだけの手が関わっているかを知り、お米の見方が変わるようです。お米そのものは変わりませんのに、意識が変えられることで見方が変えられるのです。見える世界は、意識によって変わるのです。

 

浄土真宗は、聞く宗教、お慈悲の宗教とも言われます。

 

私ども浄土真宗の宗祖親鸞聖人は、およそ九十年のご生涯を通して、南無阿弥陀仏「われにまかせよ かならず救う」と、常におはたらきくださっている阿弥陀さまのお救いを浄土真宗のみ教えとして明らかにしてくださいました。常に阿弥陀さまに抱かれているお念仏の道ゆえに、「浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし」と、必ず再び会うことのできる世界がそこにあり、決して死んで終わりではなく、何より独りぼっちではない人生であることを、身をもってお伝えくださいました。そして、そのことを今、多くの方々のおかげにより、お聞かせいただけております。お念仏をお聞かせいただける、この事実が、阿弥陀さまがおられる証であり、私たちが死んで終わりではない証です。お念仏には、私たちに「安らかに穏やかに幸せに精一杯、生き抜いて」との願いが込められています。私たちは、願われているのです。

 

私たちが生きるこの世界は、無常でありますゆえに、私たちにとって思いがけない事も思い通りにならない事も起こります。起こった事実は変えられません。ですが、私たちを慈しみ悲しみのままにはさせないと、そのお慈悲をお聞かせいただき、「安らかに穏やかに幸せに精一杯、生き抜いて」と願ってくださり、常に支えてくださっていることを知らされた限りは、そのご恩に報う生活、お念仏申す日暮らしを共にさせていただきましょう。南無阿弥陀仏。