テレホン法話 2022年   TEL:083-973-0111


2022年8月1日〜10日

熊毛組光照寺 松浦成秀

 

明治時代に活躍された、七里恒順和上がお示しの「聴聞の心得」の一節に「このたびのご縁は今生最期と思うべし」とあります。私たちは諸行無常のあらゆるものが移り変わっていく世間のなかで、いつ尽きるかわからない命をいただいています。ですから、このたびの聴聞を人生最後のご縁として、御信心をいただいてない人は早く御信心をいただいてください。人生の目的を、後生の一大事の解決をしてください。そして御信心をいただかれた方は阿弥陀様の御慈悲をよろこばさせていただきましょう。そんな思いを、七里和上はこの言葉に込められたようにいただきます。

今、メディアにもたくさん出演されております講談師さんで、神田伯山さんという方がいらっしゃいます。その神田伯山さん一浪されて、大学合格が決まった後に原因不明の体調不良に襲われました。大きな病院で精密検査を受けた後、検査結果が出るまで自宅で療養してくださいと促されます。不安の中で家路を歩む中で「俺はこのまま死んでしまうのだろうか。」と暗鬱たる気持ちに包まれます。どうせ死ぬのなら最後に大好きな話芸を高座を聞きに行こうと、新宿末広亭という寄席で落語を聞きにいきました。人生最後と思ったら何気ない小話もおなかを抱えて笑うように面白く、人情噺も涙が止まらないほど、感動をもってきくことができました。それから数日後、検査の結果が出ます。お医者さんが「いろいろ検査したけど、特に悪いところはないですよ。受験の疲れが出たんでしょう」と診断結果をだされました。

その帰り道、再び寄席に行きます。1週間前とまったく同じ演者が全く同じ話をされていました。しかし、全然おもしろくないし、涙の一つも流れない。ああそうか、聞き手の立場によっておかれた状況によってこれほどまでに聞こえ方が変わってくるのだなぁとしみじみと感じられたそうです。

 

今のお話から学ばせていただくならば、私たち凡夫の心は状況によって、ころころころころ変わっていきます。その心の状態によって、仏様のお話をはねつけたり、評価したりする心も持ち合わせているのかもしれません。人生が順風満帆な時は喜べて、不遇な時期は喜べないというような信心は浄土真宗の如来様回向の信心とは言えません。阿弥陀様が届けてくださった他力の御信心は金剛不壊の大信心です。なにものにも壊されることのない信心です。人生のいかなる時もよろこんでいける御信心をいま私たちは頂戴させていただけるのです。

 

 

 

 


2022年7月11日〜20日

たまたま

邦西組照蓮寺 岡村遵賢

 

たまたま人間に生まれました。たまたま育ったこの場所。たまたま通った学校で、たまたま出会った友達。努力が実らないこともあれば、失敗が良い方向に行くこともあります。たまたま今日まで続いているこの人生。もし「必ず」と言えることが一つでもあるのなら、「必ず死ぬ」ということくらいでしょうか。しかし、その時期も、その様も、自分の思い通りにはなりません。

親鸞聖人は、「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」とおっしゃいました。我々が遇いがたきお念仏の法に出遇ったということも、また「たまたま」であったというのです。言い換えれば、自分の力ではなかったということです。「遠く宿縁を慶べ」とは、仏法に出遇ったのも、お念仏申す身になったのも、阿弥陀様が結んでくださったご縁であった、という事です。遠い遠い昔からの「必ず救う。必ずあなたを浄土の仏とする」という阿弥陀様のはたらきが無ければ、とてもとてもお念仏を口にかけるような身ではなかったと、その御恩を慶ばれているのです。

お念仏申す姿は、阿弥陀様の願いを聞き受けた姿です。今日までの日々は、ただ過ぎ去っただけではなく、その人生をむなしく過ぎさせはしないという、切なる願いがかけられた日々でありました。必ず死ぬべきはずの私が、阿弥陀様に連れられて、必ず浄土に生まれゆく身と聞いたのです。

親鸞聖人はいよいよ晩年、お弟子に宛てたお手紙の中で、「浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし。」とおっしゃっています。一瞬先にもなにが起こるかわからないこの娑婆世界において、何が起ころうとも、必ず浄土に参ると言える人生。自分が決めたのではありません。阿弥陀様がその智慧と慈悲をもって「必ず」とおっしゃってくださったのです。

「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」。お念仏は、今すでに弥陀というまことの親に抱きとられたよろこびです。

 

 

 

 


2022年7月1日〜10日

必ず

防府組明照寺 重枝真紹

 

七月となり、今年も半年が過ぎました。

そして、私が存じあげなかっただけで、大病を患っておられたや、ほんと突然にと、今年もお世話になった方々との別れがありました。

人は生まれた限り、必ず死を迎える。頭ではわかっていたつもりでも、現実を突きつけられますと、何とも言葉に表しようがない想いが私の心をめぐります。

時に、「死んだら終わり。死んだら何もかも無くなる。」と仰る方がおられますが、その方には、その言葉の先に、自分の名前や親しき方の名をちゃんと主語にして、仰っていただきたいと、私はつねづね思います。「死んだら終わり。死んだら何もかも無くなる。」とは、死をどこか遠くの他人事としているから言えるのであって、「私、〇〇は死んだら終わり。私、〇〇は死んだら何もかも無くなる。」と、身近な私事とした時に、これほどむなしく寂しい言葉はありません。

私たちは、生まれた限り、必ず死を迎えねばなりません。ですが、阿弥陀さまは、南無阿弥陀仏「必ず浄土に生まれさせ、必ず仏にならせる。我にまかせよ、必ず救う。」と、私たちのいのちのうえに至り届いてくださっています。私たちは、今、死の先の必ずをお聞かせいただき、死んで終わりでない人生をいただいているのです。今を安心して生きて欲しいという願いが、私たちに向けられているのです。

 

恋しくば 南無阿弥陀仏を称うべし

我も六字の うちにこそ住め

 

お念仏をお聞かせいただいたからといって、寂しさや何とも言葉に表しようがない想いが無くなるわけではありません。ですが、お念仏をお聞かせいただくことで、別れではあってもさよならではない世界を生かさせていただけるのです。思いがけないこと、思い通りにならないこと多々ございますが、お念仏をよりどころに、今生の縁尽きる時まで、精一杯生き抜かせていただきましょう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 

 

 


2022年6月21日〜30日

長き夜に

美和組超専寺 田坂亜紀子

 

人は、独り生まれ、独り死んでゆく、誰にも代わってもらうことのできない人生を引き受けて生きていかなければなりません。人生の中で苦しみや悲しみが深い時ほど、私たちは孤独を強く感じるのではないでしょうか。

一昨年、私の祖母の33回忌の法事のことでした。母が、生前に祖母が詠んだ詩を見せてくれました。その中にこんな詩が。

 

「長き夜に 正信偈くりかえし いただきぬ くりかえすうち 眠りに落ちぬ」

 

祖母は、私が物心つく頃には、病院の入退院を繰り返し、ほとんど寝たきりの状態でした。

「長き夜」……。病気の息苦しさで寝付けない夜があったことでしょう。また、今晩瞼を閉じてしまったなら、もう二度と目を開けることはないかもしれないと、不安で眠れない夜があったかもしれません。

その夜の間中、付き添ってくれる者はいません。まして、誰も代わってくれる者などいません。大切な家族であっても、です。皆、それぞれの都合を生きているのです。

でもそんな長き夜に、祖母は正信偈をくり返しおつとめしていたのでした。正信偈とは、浄土真宗を開かれた親鸞聖人がお書きくださった詩です。漢文で七文字ずつ丁寧に紡がれた言葉に後の時代に節がつけられ、私たちの五感に親しみやすい形になっています。浄土真宗の歴史の中で、朝な夕なにうたわれてきたので、浄土真宗のご家庭の方にとっては、「帰命無量寿如来 南無不可思議光……」と聞こえると、テレビやラジオで懐メロが流れる時と似たような感覚をおぼえる方もおられるかもしれません。

正信偈には、独りぼっちの苦悩を生きる私たちを抱いて離さないという、阿弥陀さまに「救いとられたお約束」が著されています。その正信偈を、祖母は布団の中でくり返しくり返し口にかけているうちに、いつの間にやら眠りに落ちて、気がついたら朝だった、というのです。独りぼっちの長い夜が、そのまま阿弥陀さまに抱かれぬくもりと安らぎに包まれた夜だったのでした。

祖母に限った話ではなく、私も、今お聞きくださっているあなたも、それぞれの「長き夜」を生きています。その中にこそ響いてくる詩があります。独りぼっち同士がうたってきた詩は、私たち独りひとりの人生に今、寄り添ってくださいます。

 

 


2022年6月11日〜20日

生死の苦海ほとりなし

厚狭西組善教寺 寺田弘信

 

私たちがすむ地球は、水の惑星と表現されることがあります。その水の大半は海にあります。海はその深さによって、いくつかの層に区分されています。海面に近いほうから表層・中深層・漸深層・深海層・超深海層となっています。なぜ海は青く見えるのかいいますと、赤い光は青い光より多く水に吸収されてしまうためです。その結果、海は青く見えるのです。しかし海が青く見えるのも、まだ海面に近いうちだけです。だんだん水深が深くなるにつれ、私たちが見慣れている青色の世界から灰色の世界…そして深海といわれるところでは、光が全く届かない暗黒の世界になります。

もし私たち人間がそのような場所に行くとどうなるでしょうか?自身の力だけで、まわりの世界がどうなっているのか、また自分の姿すら確認することは出来ないのです。

そんな暗黒の世界が当たり前であると思っている私たち…はじめがどこかもわからない頃から今の今まで、ずっと海の底に沈みっぱなしであった私たち…ただの一度も浮かび上がることのなかった私たち…そんないのちを繰り返し、そのことにも気付いていないことこそ、迷いのいのち、迷いのすがたというのです。

しかし阿弥陀さまのはたらきによって、私たちはその光にやさしく照らされて、私たちのいのちの有り様・私たちのいまを知らされることになるのです。阿弥陀さまに掬いあげられて、もう海の底に戻される心配のない、確かな救いに出遇っていたのだと知らされていくばかりです。わたしが抱えている煩悩がどれだけ大きくても問題なく救ってくださる阿弥陀さま…わたしを凡夫のまんま救うと仰せの阿弥陀さま…わたしを必ずお浄土に生まれさせ、ほとけに仕上げてみせるとはたらきずくめの阿弥陀さまでございました。南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…

 


2022年6月1日〜10日

『正しさ』という落とし穴

宇部小野田組西秀寺 黒瀬英世

 

最近のニュースでは、コロナに関する情報はめっきりと減り、その代わりにロシアのウクライナ侵攻に関するニュースが世間を騒がせています。

どうして戦争は起こるのでしょうか。物語などでは大抵「正義」と「悪」という構図が示され、「悪」を正すために正義が立ち上がり、争いが起こります。そして最後は「正義」が勝ち、めでたしめでたし。果たして現実でもそのような単純な構図で戦争が起こっているのでしょうか。

仏教には、「四諦八正道」という教えがあり、悟りを得るための八つの実践法が説かれています。その中の一つに「正見」という項目があります。「正見」とは正しい見解のことであり、他七つの実践を支える最も大切な項目です。

それでは仏教が語る「正しさ」とは何でしょうか。それは「中道」のことです。「中道」とは、両極端にかたよらない道のことです。私たちのものの見方とは往々にしてかたよってしまいがちです。

この度のウクライナへの軍事侵攻も、マスメディアの報道ではウクライナが「正義」ロシアが「悪」という構図が成立し、私たちはウクライナを擁護し、ロシアを非難しています。この場での私の政治的な発言は避けますが、ウクライナにはウクライナの正義があり、ロシアにはロシアの正義があるはずです。(それが倫理的に正しいかどうかは別として)ですから、争いごとの根っこには両者の「正しさ」があり、「正しさ」と「正しさ」がぶつかることによって争いごとが生れるわけです。

仏教においては、この「私が正しい」というものの見方を「正見」の反対である「邪見(じゃけん)」という言葉で表現します。「邪見」とは「私が正しい。相手が間違っている。」という私たちのかたよったものの見方です。

自分の見方が「邪見」であると知るためには、「正見」に照らされる以外に道はありません。「正見」に照らされるとは、言い換えれば仏教のお話を聞くということです。聴聞によって私たちの邪見が照らされ、自らが「邪」であったと気付かされるのです。

忙しい日常の中で社会生活を営んでいくには、かたよらずにはいられない時もあると思います。そんな日常の中で、時には足を止めて、自分自身のすがたを仏教(正見)によって照らされ、自らの邪見を省みていく。浄土真宗の道とはつねにこの繰り返しなのではないでしょうか。

 


2022年5月11日〜20日

泥から悟りの蓮ひらく

白滝組專修寺 高橋 了

 

仏教では、蓮をとても大切にします。阿弥陀さまのお姿を拝見すると蓮の台座の上にお立ちです。なぜならば、蓮という植物が泥の中に根を置き、泥水の中を通って生長しながらも、咲く花はまったく泥に染まらず美しいからです。その姿からは、さまざまな悩みや悲しみを抱えた我が身から、声の仏様となってお念仏がこぼれ出てくださることに通ずるものがあります。

先月とあるお寺さんと蓮の株分けをしました。私は初めての経験でした。昨年の睡蓮鉢をひっくり返すと、 睡蓮鉢の形に沿って伸びた蓮の根っこ、蓮根が出てきました。まずは、その根に付いている泥を洗い落とします。そしていくつかに株を分けていきます。 次に今年植える蓮の泥の準備です。田んぼの土と赤玉土に水を加えながらこねていきます。この作業、思っていた以上に体力が要ります。昼から夕方までひたすら泥を洗い落としては、また泥をこねる作業を淡々と繰り返し、気づいた時には私も泥まみれでした。

仏教では、この世を「五濁悪世」といい、さまざまに濁った世界であると示されています。私たちは、常識や価値観が変わり続ける中で、本当のことが見えずに、さまざまな悩みや悲しみを抱えながら生きています。蓮の姿を見ていると、決して清く美しい我が身ではなく、まさに泥まみれであった私の姿に気づかされます。

 

私の好きな歌があります。「泥沼の泥に染まらぬ蓮の花」。

 

濁りに満ちたこの世の中、泥のようなものを抱えているこの私に「南無阿弥陀仏」と至り届き「あなたを必ず救う」と悟りの世界へ導いてくださっています。仏法を語り合いながらの蓮の株分けは、心地よい疲労とともにお念仏の道をすすめてくださる尊いご縁でありました。

 

 


2022年4月21日〜30日

一子地

美祢西組正隆寺 波佐間正弘

 

寒かった冬が終わり、温かい春の風を感じる季節になりました。

私は僧侶であると同時に、保育士として日々保育園に勤めています。

4月になり年度が変わり、先日、入園・進級式を行いました。3月末には卒園式で子どもたちを送り出し、そのすぐ後に新しい子どもたちを迎えます。

初めての保育園に緊張や不安を抱え、保護者の方としっかり手をつなぎながら歩いてくる子どもに「だいじょうぶよ。だいじょうぶよ。」と声をかける保護者との様子を見ると毎年ついつい笑顔になります。勇気を振り絞って保育園のドアを開け、入ってきた子どもに「よくきたね。待ってたよ。」と職員一同笑顔で迎えます。

入園にあたり子どもについての話を聞く保護者の顔は真剣です。そして我が子を見る目はとても優しい目をされています。子どもは寄り添ってくれる親の心に包まれて大きくなります。入園式では毎年「子どもたちを仏の子として大切にお預かりさせていただきます。」という挨拶をします。

お経様の中に「一子地」というお言葉があります。阿弥陀様のお慈悲を表すお言葉です。

阿弥陀様は私のことをたった一人の我が子であると願ってくださいました。それはつまり私の親になると誓ってくださったということです。

私のために願いを起こし、私のためにご苦労くださり、私のために南無阿弥陀仏と仕上げてくださり、今まさに私に寄り添い続けてくださいます。阿弥陀様の願いは全て私のためでありました。

親が子を思うように、私のことを真剣に考え、大切に思い、「だいじょうぶ。だいじょうぶ。」と寄り添い続けてくださるのが阿弥陀様であります。阿弥陀様のお心に包まれた私はまさに仏の子であります。阿弥陀様のお心に包まれ、阿弥陀様とご一緒に、一歩一歩お浄土参りの人生を歩ませていただきたいと思います。

阿弥陀様が私を我が一人子と願ってくださったように、子どもたちひとりひとりに寄り添っていきたいと改めて思うご縁でありました。

 

 


2022年4月1日〜10日

仏様の見方

宇部小野田組法泉寺 中山教昭

 

先日、あるお寺の掲示板にこんな言葉が載っていました。「散ると見たのは凡夫の眼 木の葉は大地に還るなり」

葉っぱが木の枝から離れて落ちていくのを見ると「散る」という見方をするのが私たちの見方、終わりをイメージするのが私たち人間の見方でありますが、仏様はそうじゃないと仰ったんです。散るんじゃないよ、大地に還っていくんですよ。これが仏様の見方でありました。この言葉は葉っぱについて書かれた言葉でありますが、人間のいのちでも同じことが言えるようであります。人間のいのちの終わりと聞くと「死」をイメージするのが私たち人間の見方でありますが、仏様はそうじゃないと仰ったんです。死ぬんじゃないよ、還っていく世界があるんですよ、生まれる世界があるんですよ、お浄土という世界があるんですよ。これが仏様の見方でありました。

先日、ある布教使の先生が仰っておられたんですが、お寺では死ぬ話をすることが多い、死ぬ話を聞くことが多い。けど、そういう話を安心して聞けるのがお寺なんだと仰っていました。そういう話を安心して聞けるのはお寺だけなんだと仰っていました。死ぬ話を聞く機会ってそんなに多くはないと思うんです。それにできることなら聞きたくないし、きっとこれまで避けてきたことと思うんです。今後もずっと避け続けていくと思うんです。けど、そういう話を安心して聞けるのがお寺であり、そういう話を安心して聞ける場が身近なところにあるということを知っていただけたらと思います。

 


2022年3月21日〜31日

美祢西組西音寺 川越広慈

 

あっという間に暖かくなり春爛漫といった季節になりました。卒業・入学のおめでたいシーズンであり、新生活への期待に胸をふくらませる季節です。しかし、人によっては花粉が飛び始めるこの季節が、一年で一番つらい季節と感じられるかもしれません。幸いなことに私はいままで花粉症とは無縁の日々を過ごしてまいりましたので、いまや当たり前の光景となったマスクをする習慣がありませんでした。しかし、新型コロナウイルスの蔓延によって、2年もマスクをして生活していると、さすがに慣れるものです。気づくと、マスクをする生活が当たり前になっていました。マスクをしないことが当たり前、そんな常識は環境によってあっという間に変化し、マスクをすることが当たり前となってしまいました。人はそれぞれに自らの当たり前を作って、それが正しいと思い込んでいくのではないのでしょうか。

無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな

生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ(高僧和讃)

私たちが自らの常識が正しいと思い込んでいる姿、それは煩悩によって眼をさえぎられた私の姿ではないでしょうか。そんな私に向けられているのが阿弥陀如来の本願であり、煩悩によって迷う私を照らしてくださる灯火である。常に私を照らし、導いて下さる大いなる光明であると、親鸞聖人は味わっていかれたのです。

 


2022年3月11日〜20日

如来さまの限りないお救い

下松組正立寺 宗本尚瑛

 

みなさんは、「アンマー」という言葉をご存知ですか。私がこの言葉を知ったきっかけは、母校の文化祭でかりゆし58というバンドのライブに参加したのがきっかけでした。かりゆし58の歌では、今まで迷惑をかけた母への感謝の気持ちと、母のどんなときも優しく、我が子を見捨てずにはいられない親心が歌われていた心温まる一曲がありました。この歌の名前が「アンマー」でした。「アンマー」とは、沖縄の方言で「母」という意味です。

私は、今年で28歳になります。自立ができているようで、未だに母に支えられることや、助けられることもございます。私たちは、誰かに支えられることで、安心して日々を過ごすことができるのではないでしょうか。

阿弥陀如来さまは、私たちがいつ、どこで、何をしているときも、我が子のように私たち一人一人を救わずにはいられないとはたらきかけてくださっています。そして、如来さまは、私たちの寿命のように、限られたものではく、常に必ず救うと、私たち一人一人に「南無阿弥陀仏」のお念仏となって、はたらきかけてくださっています。如来さまのおはたらきに出遇わせていただいた私たちは、これからの人生にどんなことがあっても、たとえ、この世でいのちを終えるということがあってももう何の心配もする必要はございません。

皆様にも、如来さまのおはたらき、もうすでに「南無阿弥陀仏」のお念仏となって、いたり届いてくださっています。私たち一人一人に届いてくださっています、この如来さまの限りないお救いをご一緒に喜ばせていただきたいと思います。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

 


2022年3月1日〜10日

念仏は無碍の一道

大津東組明専寺 安部智海

 

江戸時代、曹洞宗のお坊さまで良寛さんという方がいらっしゃいました。

この方が、71歳の頃、新潟でたいへん大きな地震が起こったそうです。その地震の被害に遭われた方へのお見舞いのお手紙のなかに、災難を逃れるよい方法として、こんなお言葉を残されておられます。

 

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

(中略)

これはこれ災難をのがるる妙法にて候

 

災難に逢うときは災難に逢うことが、もっともよい方法だと言われるのです。

もし災難に逢ったとき、あとになってから「あの災難さえなければ」、「もっとこうしておれば」と、あれこれ思い煩って、いたずらに苦しみを深めるよりも、災難を受け入れて生きてゆくことができれば、それがもっとも災難から逃れられる一番の方法ですよ、という意味になるでしょうか。

良寛さんのように、災難を受け入れて生きてゆくことができれば、どれだけいいだろうと思いますが、私の身に引き当てたとき、果たして、災難を引き受けて生きることなどできるだろうかと、ふと立ち止まってしまいます。もちろん災難はないほうがいいに決まっていますし、自分にとって得にならないことはできるだけやりたくない。そういう思いで一日一日を生きているのが私のいつわらざる姿です。

そういう者の心のなかに、仏法を求めよう、お悟りを求めようなどという心は起きようはずもありません。その私がいまお念仏を口に称えることができるのは、進んで仏法を求めることもせず、我が身を中心にしてでしか物事を見られず、その結果、悩み苦しんでいる私を「哀れ」とご覧になって、立ち上がってくださった阿弥陀様がいらっしゃったからです。

悟りを求めない私のために、仏のほうから悟りのすべてを南無阿弥陀仏に込めて届けようとはたらいてくださった方がいらっしゃるのです。

どんな疫病、戦乱のなかにあっても、決して碍げられることなく私に届いていてくださるお念仏がありました。決して逃れることのできない私の生老病死の苦しみとともに、いつも離れず親様がご一緒してくださいます。

お念仏そのものが私のたった一つの歩む道となって届いていてくださっているのでした。

 


2022年2月21日〜28日

お念仏は人生の復原力

華松組安楽寺 金安一樹

 

昨年、ある結婚式に参列したときに、ご挨拶くださった方の言葉がとても印象的でした。

始めに「船を造るときにもっとも大切な技術はなにかご存知ですか?」と質問されたのです。皆さんはご存知ですか?私も周りの友人も分からず、その答えを待っていると、「それは復原力です」と教えてくださいました。

復原力とは、船が強風や大きな波などによって傾いたとき、転覆せずに持ちこたえ、元の安定した姿勢に戻すはたらきのことで、この復原力が高い船ほど、激しく傾いた状態からでも元の姿勢に戻れるバランスの良い船と言うそうです。

続けて「夫婦生活にもこの復原力が大切だと思うのです。」と仰るのです。「今日のお2人は仲睦まじく、お互いのことを思い合い、これから歩みを進めて行こうと幸せに満ちた心持ちと思います。しかし、夫婦生活そんなに甘くはありません!!!どうして私だけがこんな思いをしなければならないの、どうして私のことを分かってくれないのと、お互いのことを思い合えず、関係性が悪化し、2人の船が大きく傾くときもあることでしょう。そんな時は、今日この日を思い返(“復”)し、お互いのことを思い合うことの大切さを改めて確認する。そんな“原”点となる日が、今日であるということをどうか忘れないでください。」と、お話しくださいました。2人に本当に大切なことを伝えつつ、心温まるご挨拶に感動しました。

これはこの夫婦に限った大切なことではないと感じました。私も人生という大海原を渡っていく中で、世間の風潮に流され、思いもよらない波乱に満ちた出来事も起こってきます。自分の思い通りに事が進むと、たくさんの方々に支えられていることを忘れ、自分中心に世界が回っていると傲慢になり、そうかと思えば、思い通りにいかなくなると、自分の存在意義を見失い、自己を卑下することさえあるバランスの崩しやすい心の持ち主が私です。

そんな私の心を知り抜いて下さった阿弥陀さまだからこそ、どんなに傾いても支え続け、護り続け、バランスのとれた心の状態を恵み与えたいと、お念仏となって私にはたらき続けてくださっているのだなと気づかされた尊いご縁でした。

 


2022年1月21日〜31日

おかげさま

下松組光圓寺 石田敬信

 

祖母が往生してから一年が過ぎました。七年前から身体が弱り、施設でお世話になっていました。九十五歳でした。私が山口県に戻ってきた三年前は面会もできましたが、コロナ禍になってからは会えなくなっていきました。食べることが大好きな祖母でしたが、最期は食べることも難しくなりさらに弱っていき往生しました。

家に帰りたかったかな、好きなものをもっと食べたかったかな、とコロナ禍でしてあげられなかったことを少し悔みました。

小さい頃からかわいがってくれて、お念仏を教えてくれたのも祖母でした。思春期はよく喧嘩もしました。我が強く子どものようなところもあった祖母でしたが、お通夜の日に昔もらった手紙が出てきました。

「お寺に生まれ佛様のおかげ親のおかげ世間のおかげで大きくここまで育つことができたのですよ。これからは自分をもっとみがき世間の為になるように力をつくしていきましょう、体に気をつけながらにね」という内容でした。平成十七年三月と書いてあったので、私が県外の大学に行く前にくれた手紙でした。

この当時は読み流していたのでしょう。今読むととても大切な、自分では気づきにくいおかげさまのことが記されていました。祖母が往生してからも私に、御恩報謝につとめなさいと教えてくれているように感じました。

最期まで、食べることが好きで我が強くて孫と喧嘩する祖母でしたが、私にお念仏と御蔭様の大切さを教えてくれました。

いのち尽きるまで煩悩が消えないのは私もそうなのでしょう。阿弥陀様が、変わることができない私をそのまま包み仏さまにしてくださるということを、有り難いもったいないことだと聴かせていただきながら、お念仏申し、周りのためにできることをさせていただこうと、改めて祖母に教えてもらったご縁でした。