テレホン法話 2022年   TEL:083-973-0111


2022年5月11日〜20日

泥から悟りの蓮ひらく

白滝組專修寺 高橋 了

 

仏教では、蓮をとても大切にします。阿弥陀さまのお姿を拝見すると蓮の台座の上にお立ちです。なぜならば、蓮という植物が泥の中に根を置き、泥水の中を通って生長しながらも、咲く花はまったく泥に染まらず美しいからです。その姿からは、さまざまな悩みや悲しみを抱えた我が身から、声の仏様となってお念仏がこぼれ出てくださることに通ずるものがあります。

先月とあるお寺さんと蓮の株分けをしました。私は初めての経験でした。昨年の睡蓮鉢をひっくり返すと、 睡蓮鉢の形に沿って伸びた蓮の根っこ、蓮根が出てきました。まずは、その根に付いている泥を洗い落とします。そしていくつかに株を分けていきます。 次に今年植える蓮の泥の準備です。田んぼの土と赤玉土に水を加えながらこねていきます。この作業、思っていた以上に体力が要ります。昼から夕方までひたすら泥を洗い落としては、また泥をこねる作業を淡々と繰り返し、気づいた時には私も泥まみれでした。

仏教では、この世を「五濁悪世」といい、さまざまに濁った世界であると示されています。私たちは、常識や価値観が変わり続ける中で、本当のことが見えずに、さまざまな悩みや悲しみを抱えながら生きています。蓮の姿を見ていると、決して清く美しい我が身ではなく、まさに泥まみれであった私の姿に気づかされます。

 

私の好きな歌があります。「泥沼の泥に染まらぬ蓮の花」。

 

濁りに満ちたこの世の中、泥のようなものを抱えているこの私に「南無阿弥陀仏」と至り届き「あなたを必ず救う」と悟りの世界へ導いてくださっています。仏法を語り合いながらの蓮の株分けは、心地よい疲労とともにお念仏の道をすすめてくださる尊いご縁でありました。

 

 


2022年4月1日〜10日

仏様の見方

宇部小野田組法泉寺 中山教昭

 

 先日、あるお寺の掲示板にこんな言葉が載っていました。「散ると見たのは凡夫の眼 木の葉は大地に還るなり」

 葉っぱが木の枝から離れて落ちていくのを見ると「散る」という見方をするのが私たちの見方、終わりをイメージするのが私たち人間の見方でありますが、仏様はそうじゃないと仰ったんです。散るんじゃないよ、大地に還っていくんですよ。これが仏様の見方でありました。この言葉は葉っぱについて書かれた言葉でありますが、人間のいのちでも同じことが言えるようであります。人間のいのちの終わりと聞くと「死」をイメージするのが私たち人間の見方でありますが、仏様はそうじゃないと仰ったんです。死ぬんじゃないよ、還っていく世界があるんですよ、生まれる世界があるんですよ、お浄土という世界があるんですよ。これが仏様の見方でありました。

 先日、ある布教使の先生が仰っておられたんですが、お寺では死ぬ話をすることが多い、死ぬ話を聞くことが多い。けど、そういう話を安心して聞けるのがお寺なんだと仰っていました。そういう話を安心して聞けるのはお寺だけなんだと仰っていました。死ぬ話を聞く機会ってそんなに多くはないと思うんです。それにできることなら聞きたくないし、きっとこれまで避けてきたことと思うんです。今後もずっと避け続けていくと思うんです。けど、そういう話を安心して聞けるのがお寺であり、そういう話を安心して聞ける場が身近なところにあるということを知っていただけたらと思います。

 


2022年3月21日〜31日

美祢西組西音寺 川越広慈

 

あっという間に暖かくなり春爛漫といった季節になりました。卒業・入学のおめでたいシーズンであり、新生活への期待に胸をふくらませる季節です。しかし、人によっては花粉が飛び始めるこの季節が、一年で一番つらい季節と感じられるかもしれません。幸いなことに私はいままで花粉症とは無縁の日々を過ごしてまいりましたので、いまや当たり前の光景となったマスクをする習慣がありませんでした。しかし、新型コロナウイルスの蔓延によって、2年もマスクをして生活していると、さすがに慣れるものです。気づくと、マスクをする生活が当たり前になっていました。マスクをしないことが当たり前、そんな常識は環境によってあっという間に変化し、マスクをすることが当たり前となってしまいました。人はそれぞれに自らの当たり前を作って、それが正しいと思い込んでいくのではないのでしょうか。

無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな

生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ(高僧和讃)

私たちが自らの常識が正しいと思い込んでいる姿、それは煩悩によって眼をさえぎられた私の姿ではないでしょうか。そんな私に向けられているのが阿弥陀如来の本願であり、煩悩によって迷う私を照らしてくださる灯火である。常に私を照らし、導いて下さる大いなる光明であると、親鸞聖人は味わっていかれたのです。

 


2022年3月11日〜20日

如来さまの限りないお救い

下松組正立寺 宗本尚瑛

 

みなさんは、「アンマー」という言葉をご存知ですか。私がこの言葉を知ったきっかけは、母校の文化祭でかりゆし58というバンドのライブに参加したのがきっかけでした。かりゆし58の歌では、今まで迷惑をかけた母への感謝の気持ちと、母のどんなときも優しく、我が子を見捨てずにはいられない親心が歌われていた心温まる一曲がありました。この歌の名前が「アンマー」でした。「アンマー」とは、沖縄の方言で「母」という意味です。

私は、今年で28歳になります。自立ができているようで、未だに母に支えられることや、助けられることもございます。私たちは、誰かに支えられることで、安心して日々を過ごすことができるのではないでしょうか。

阿弥陀如来さまは、私たちがいつ、どこで、何をしているときも、我が子のように私たち一人一人を救わずにはいられないとはたらきかけてくださっています。そして、如来さまは、私たちの寿命のように、限られたものではく、常に必ず救うと、私たち一人一人に「南無阿弥陀仏」のお念仏となって、はたらきかけてくださっています。如来さまのおはたらきに出遇わせていただいた私たちは、これからの人生にどんなことがあっても、たとえ、この世でいのちを終えるということがあってももう何の心配もする必要はございません。

皆様にも、如来さまのおはたらき、もうすでに「南無阿弥陀仏」のお念仏となって、いたり届いてくださっています。私たち一人一人に届いてくださっています、この如来さまの限りないお救いをご一緒に喜ばせていただきたいと思います。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

 


2022年3月1日〜10日

念仏は無碍の一道

大津東組明専寺 安部智海

 

江戸時代、曹洞宗のお坊さまで良寛さんという方がいらっしゃいました。

この方が、71歳の頃、新潟でたいへん大きな地震が起こったそうです。その地震の被害に遭われた方へのお見舞いのお手紙のなかに、災難を逃れるよい方法として、こんなお言葉を残されておられます。

 

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

(中略)

これはこれ災難をのがるる妙法にて候

 

災難に逢うときは災難に逢うことが、もっともよい方法だと言われるのです。

もし災難に逢ったとき、あとになってから「あの災難さえなければ」、「もっとこうしておれば」と、あれこれ思い煩って、いたずらに苦しみを深めるよりも、災難を受け入れて生きてゆくことができれば、それがもっとも災難から逃れられる一番の方法ですよ、という意味になるでしょうか。

良寛さんのように、災難を受け入れて生きてゆくことができれば、どれだけいいだろうと思いますが、私の身に引き当てたとき、果たして、災難を引き受けて生きることなどできるだろうかと、ふと立ち止まってしまいます。もちろん災難はないほうがいいに決まっていますし、自分にとって得にならないことはできるだけやりたくない。そういう思いで一日一日を生きているのが私のいつわらざる姿です。

そういう者の心のなかに、仏法を求めよう、お悟りを求めようなどという心は起きようはずもありません。その私がいまお念仏を口に称えることができるのは、進んで仏法を求めることもせず、我が身を中心にしてでしか物事を見られず、その結果、悩み苦しんでいる私を「哀れ」とご覧になって、立ち上がってくださった阿弥陀様がいらっしゃったからです。

悟りを求めない私のために、仏のほうから悟りのすべてを南無阿弥陀仏に込めて届けようとはたらいてくださった方がいらっしゃるのです。

どんな疫病、戦乱のなかにあっても、決して碍げられることなく私に届いていてくださるお念仏がありました。決して逃れることのできない私の生老病死の苦しみとともに、いつも離れず親様がご一緒してくださいます。

お念仏そのものが私のたった一つの歩む道となって届いていてくださっているのでした。

 


2022年2月21日〜28日

お念仏は人生の復原力

華松組安楽寺 金安一樹

 

昨年、ある結婚式に参列したときに、ご挨拶くださった方の言葉がとても印象的でした。

始めに「船を造るときにもっとも大切な技術はなにかご存知ですか?」と質問されたのです。皆さんはご存知ですか?私も周りの友人も分からず、その答えを待っていると、「それは復原力です」と教えてくださいました。

復原力とは、船が強風や大きな波などによって傾いたとき、転覆せずに持ちこたえ、元の安定した姿勢に戻すはたらきのことで、この復原力が高い船ほど、激しく傾いた状態からでも元の姿勢に戻れるバランスの良い船と言うそうです。

続けて「夫婦生活にもこの復原力が大切だと思うのです。」と仰るのです。「今日のお2人は仲睦まじく、お互いのことを思い合い、これから歩みを進めて行こうと幸せに満ちた心持ちと思います。しかし、夫婦生活そんなに甘くはありません!!!どうして私だけがこんな思いをしなければならないの、どうして私のことを分かってくれないのと、お互いのことを思い合えず、関係性が悪化し、2人の船が大きく傾くときもあることでしょう。そんな時は、今日この日を思い返(“復”)し、お互いのことを思い合うことの大切さを改めて確認する。そんな“原”点となる日が、今日であるということをどうか忘れないでください。」と、お話しくださいました。2人に本当に大切なことを伝えつつ、心温まるご挨拶に感動しました。

これはこの夫婦に限った大切なことではないと感じました。私も人生という大海原を渡っていく中で、世間の風潮に流され、思いもよらない波乱に満ちた出来事も起こってきます。自分の思い通りに事が進むと、たくさんの方々に支えられていることを忘れ、自分中心に世界が回っていると傲慢になり、そうかと思えば、思い通りにいかなくなると、自分の存在意義を見失い、自己を卑下することさえあるバランスの崩しやすい心の持ち主が私です。

そんな私の心を知り抜いて下さった阿弥陀さまだからこそ、どんなに傾いても支え続け、護り続け、バランスのとれた心の状態を恵み与えたいと、お念仏となって私にはたらき続けてくださっているのだなと気づかされた尊いご縁でした。

 


2022年1月21日〜31日

おかげさま

下松組光圓寺 石田敬信

 

祖母が往生してから一年が過ぎました。七年前から身体が弱り、施設でお世話になっていました。九十五歳でした。私が山口県に戻ってきた三年前は面会もできましたが、コロナ禍になってからは会えなくなっていきました。食べることが大好きな祖母でしたが、最期は食べることも難しくなりさらに弱っていき往生しました。

家に帰りたかったかな、好きなものをもっと食べたかったかな、とコロナ禍でしてあげられなかったことを少し悔みました。

小さい頃からかわいがってくれて、お念仏を教えてくれたのも祖母でした。思春期はよく喧嘩もしました。我が強く子どものようなところもあった祖母でしたが、お通夜の日に昔もらった手紙が出てきました。

「お寺に生まれ佛様のおかげ親のおかげ世間のおかげで大きくここまで育つことができたのですよ。これからは自分をもっとみがき世間の為になるように力をつくしていきましょう、体に気をつけながらにね」という内容でした。平成十七年三月と書いてあったので、私が県外の大学に行く前にくれた手紙でした。

この当時は読み流していたのでしょう。今読むととても大切な、自分では気づきにくいおかげさまのことが記されていました。祖母が往生してからも私に、御恩報謝につとめなさいと教えてくれているように感じました。

最期まで、食べることが好きで我が強くて孫と喧嘩する祖母でしたが、私にお念仏と御蔭様の大切さを教えてくれました。

いのち尽きるまで煩悩が消えないのは私もそうなのでしょう。阿弥陀様が、変わることができない私をそのまま包み仏さまにしてくださるということを、有り難いもったいないことだと聴かせていただきながら、お念仏申し、周りのためにできることをさせていただこうと、改めて祖母に教えてもらったご縁でした。