テレホン法話 2020年   TEL:083-973-0111


2020年9月21日〜30日

コロナで考えるご縁

下松組光圓寺 石田敬信

 

新型コロナウイルスが流行して、半年の月日が経とうとしています。

 中国で流行っていたのが去年の暮です、まったく他人事のニュースと思っていましたが、世界はつながっているのだと実感させられました。大勢の人がいるところに行かない、外に出るときはマスク、帰ってきたら手洗いうがいが当たり前の生活に変わりました。

 今できることは、ウイルスに感染する可能性を低くする、縁をつくらないというところでしょうか。自分は大丈夫と思わず、自分も縁があれば感染するという意識も大事だと思います。縁によって病気になり、死ぬ可能性があるということと、この世界は無常であり、その中に私が生かされている、ということを改めて実感するご縁でもありました。

 私は煩悩のはたらきによって、その真実を聞き流しています。いつまでも元気で若々しくいたい、病気にはなりたくない、コロナにかかって死にたくもありません。また楽しく毎日を過ごせるようになったら良いなと思います。

 最近は、世知辛い世の中だと感じる人も少なくないと思います、自粛が求められる中で、自粛せず、県外に遊びに出かけ、コロナに感染してしまった人が叩かれる、ということがありました。

 ふと考えます。阿弥陀様はこの、世間に叩かれた人をどう思われるのか。

一緒に裁こうとする仏様でしょうか。いいえ、裁きません、叩きません。その人の苦しみを自分の苦しみとして、この人を包み、見捨てないでしょう。この人の愚かさを責めず、自らの痛みとして、必ずこの人も救いとるでしょう。

 私が抱えている煩悩もそうです。縁があればなにをしでかすか分からないのが私です。

 自粛に耐えられないほどのストレスを抱えていたら、もしかしたら県外に出かけたかもしれません。小さい子どもを抱え、細心の注意をはらいながら仕事をして自粛を守る生活をしていたら、遊びに出て感染したひとを、同じように叩いていたかもしれません。

 阿弥陀様はこのように、コロナによって苦しみ悩む私を、知ってくださってあり、南無阿弥陀仏となって私の口からあらわれて、私の今の不安を包んでくださっています。不安な私と御一緒くださってあるのです。

人として生きる苦しみは、阿弥陀様がコロナウイルスを消してくだされば解決ではないのです。コロナが消えても、生老病死からは逃れられませんし、自分中心のこころから生まれる苦しみと悩みは消えません。ですから南無阿弥陀仏となって私に届き、私のうえではたらいてくださってあるのです。「あなたを必ず、ほとけにします」と。

 その阿弥陀様にこのいのちをおまかせしたのちは、阿弥陀様の智慧のようにすべてを見通す力はありませんし、阿弥陀様の慈悲のようにすべての人を包むことはできませんが、少しだけ、相手の立場になって想像してみます。

阿弥陀様のお慈悲のもと、世界はつながっています。コロナ終息の縁を待ちながら、阿弥陀様ありがとうございますとお念仏して過ごします。

 


2020年91日〜10日

痛みに敏感になる 仏の大悲心を学ぶ

華松組安楽寺 金安一樹

 

浄土真宗のみ教えは、阿弥陀さまの大慈悲を根源とする教えです。大慈悲とは、阿弥陀さまが生きとし生けるすべてのものを憐れみ、苦しみを除き(大悲)、心穏やかな楽を与える(大慈)はたらきのことです。善導大師は、仏道を学ぶということは「仏の大悲心を学ぶ(学仏大悲心)」ことと仰せられました。人の痛みに敏感になり、苦しみや悲しみの分かる人間になろうと努めることです。

ところが痛みに共感するどころか、人の痛みを前に喜んでいることさえあるのが、私の悲しい現実です。先日、近くにいた母が急に叫び声を上げました。どうしたのだろうと様子を伺うと、ムカデにかまれてしまったようです。恥ずかしいことですが、そのとき私が思ったことは、「大丈夫?」と母を思う心よりも先に、「自分でなくて良かった」でした。

痛みを感じること以上に悲しいことは、この痛みを分かってくれる人がいないと孤独を感じることです。さらに傷だけでも痛いのに、まさに傷に塩を塗るかの如く、あなたの不注意が原因と攻め立てることさえあります。これでは傷を癒すどころか、心身ともに傷つき、お互いの関係性も悪くなってしまいます。

こんな虚しい生き方をして欲しくないと願われたのが阿弥陀さまです。阿弥陀さまは、自身が傷を負ったとき、なんとかして癒そうとするように、他の痛み対しても自身の痛みと同感して、癒さずにはおれないとはたらいてくださいます。苦は避けるべきものでも、他に押し付けるものでもなく、自らが引き受けるもの。喜びや幸せは自分が享受するものでなく、他に与えるものと教えて下さいます。仏様の大慈悲に学ぶところに、この混沌とした時代でも豊かな生き方が恵まれるのではないでしょうか。

 

 


2020年8月21日〜31日

いまここでのすくい

豊浦西組大専寺 木村智教

 

今年に入り新型コロナウイルスが流行しています。また、七月には各地で豪雨災害が発生し多くの方が被災されました。いまから七六〇年前、当時も長雨による水害や飢饉、さらには疫病が各地で流行り、多くの人々がいのちを落とし、遺された家族は途方に暮れていました。

常陸の国、今の茨城県に乗信房という親鸞聖人のお弟子さんがいました。人々は悲痛な思いを抱えて彼にたずねます。「乗信房さん。私の家族はこんな形で死んでしまったけど、本当にお浄土にお参りしたのですか?」 「いつどのような形でこの世の縁が尽きても、念仏いただく者はみ仏のおはからいでお浄土にお参りさせていただく。そうお聞かせいただいております。」とこたえました。しかし当時は浄土にお参りする上には死に方こそ大切だと考えられ、不慮の死を遂げた念仏者のご遺族はいわれのない非難にさらされていました。乗信房も「これで間違いないのだろうか」と親鸞聖人に手紙でたずねました。聖人はこたえます。

「何よりも、 去年から今年にかけて、 老若男女を問わず多くの人々が亡くなったことは、 本当に悲しいことです。 けれども、 命あるものは必ず死ぬという無常の道理は、 すでに釈尊が詳しくお説きになっているのですから、 驚かれるようなことではありません。  『親鸞聖人御消息(現代語版)』六〇頁」

 

すべてのいのちは生まれた以上死ぬから、死ぬことは驚くべきことではない。むしろどのようないのちであっても、今この時まで生きていることこそ驚くべきことである。いまここで大切に思って下さる方から抱かれていると実感しているから、心安らかに生きていけるのではないでしょうか。その御方は「南無阿弥陀仏」の声となって「私はいまここにいる」と告げてくださいます。

まだまだ残暑厳しい日々が続いております。新型コロナウイルスもいつ終息するか見通しが立ちませんが、お体をお大事に、お念仏を大切にお過ごしくだい。

 

 


2020年8月11日〜20日

美祢西組西音寺 川越広慈

 

私がまだ子どもだった頃、秋吉台にある景清洞に洞窟探検に行ったことがありました。その探検コースは真っ暗な洞窟を奥の方まで進んでいくものなのですが、洞窟と言っても入り口の方はまだまだ明るいんです。でも、先に進んでいくと、徐々に暗くなっていき、懐中電灯の灯りなしでは前に進むことが出来なくなっていきました。一番奥に着いたとき、辺りは真っ暗なのですが、ガイドさんが懐中電灯を消してみましょうと言って全ての灯りを消したんです。普段、部屋の灯りを消した時なんかは、暗くはなりますが、少し経つと目が慣れて薄っすらと見えてくるものです。しかし、洞窟の奥は真っ暗闇で、一切の光が届かない世界でした。光の無い世界では、目の前に手をかざしても何も見ることが出来ませんでした。

阿弥陀さまという仏さまは光の仏さまです。無量の光で私を照らしてくださっている如来さまです。そして、阿弥陀さまの光に照らされた時、私自身の本当の姿が明らかになっていきます。日ごろ、家でカーテンを開けた時などに、部屋の中が太陽の光に照らされると、塵や埃がはっきり見えてくるように、阿弥陀如来の光に照らされ煩悩具足の凡夫である私の姿が明らかになるのです。

そして、仏さまのお話を聞かせていただいて阿弥陀さまのおはたらきに気づくことは、私自身の姿が知らされると同時に、そんな私を救うとはたらいてくださっている阿弥陀さまのお慈悲のぬくもりに気づかせていただくことでもあるのです。自力で仏に成ることができない私が、お浄土で仏となる教えが他力の教えです。

 


2020年81日〜10日

熊毛組光照寺 松浦成秀

 

新型コロナウイルスの影響が様々なところに波及しています。テレホン法話をお聞きの皆さんも様々な影響を被る日々を過ごされたことと思います。緊急事態宣言が出され、学校が休校になりました。仕事の上でもテレワークが導入されたり、業種によれば休業されるなど、様々な影響がでております。

御門徒に様々なお話を伺わせていただく中で印象深い言葉がありました。五月の緊急事態宣言中の御葬儀のご縁です。そのご家庭ではここ数年体調を崩されていらっしゃったお父さんがなくなられました。娘さんが介護施設や病院に頻繁にお見舞いに行かれていたそうです。しかし新型コロナウイルスの集団感染が介護施設などで発生する中で、感染防止の観点から家族といえども面会が禁止になりました。

「この度はご愁傷様です。コロナウイルスの流行の中でいろいろとご心痛もあったことと思いますが。」

「お寺さん、実は私たちも父に会うのは久しぶりなんですよ。ずっと面会を禁止されてましたから。今回のコロナウイルスの騒動の中で今まで当たり前と思っていた日常が、当たり前ではなかったとつくづく実感しました。」と教えていただきました。

当たり前、当たり前と過ごしていた日常が、当たり前ではなかった。当たり前の反対の言葉は、有る事難し。と、ある先生に教えていただきました。この命をいただいていること、当たり前と思っていた日常が当たり前ではなかったと、気づかせていただきます。

蓮如上人が78歳の時にお示しくださった御文章4帖9通の疫癘章の中の一説に、「人間というものは伝染病が原因で死んでいくのではありません。人間は生まれたときから必ず死ぬ命を生きているのであり、それが道理なのです。」とお示しです。そのお示しが有難くあります。お念仏申す日暮らしを過ごさせていただきましょう。


2020年7月21日〜31日

そのままの救いを聞く

宇部北組萬福寺 厚見 崇

 

 浄土真宗のみ教えは、迷いの中にある私を阿弥陀仏がそのまま必ず救うと聞くことです。善いことを行い、悪いことをやめたら救うのではありません。世の中の善し悪しも分からず迷い、悩み苦しむ私だからこそ、そのまま救いたいと願い誓われたのが阿弥陀仏でした。

 江戸時代の僧侶、一蓮院秀存という方のお話です。ある人が浄土真宗のかなめを尋ねると、一蓮院は「浄土真宗のかなめとは、ほかでもない、そのままのおたすけぞ」と答えました。その人が「それでは、このまんまでおたすけでござりまするか」と念をおすと、一蓮院は「ちがう」と言う。再び「このまんまのおたすけでござりまするか」とたずねると、一蓮院は「ちがう」と言い、念仏するだけでした。「おそれいりますが、もう一度お聞かせくださいませ。どうにも私どもには分かりませぬ」と言うと、一蓮院は「浄土真宗のおいわれとは、ほかでもない、そのままのおたすけぞ」と答えた。それを聞いた人は、はっと気づかれて「ありがとうございます。もったいのうござります」と言いながら念仏しました。一蓮院は「お互いに、尊い御法縁にあわせてもらいましたのう。またお浄土であいましょうぞ」と喜ばれたそうです。

 このままで救われるというのは迷いの私が勝手に定めた私の姿です。そのままの救いとは、阿弥陀仏からみて、迷いの私をそのまま無条件に救わねば助からないと定められたお心です。

 親鸞聖人は、きくといふは、本願をききて疑うこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。と示されました。私をそのまま救いたいという阿弥陀仏の願いを聞くとは、疑うこころがなく、阿弥陀仏のお心を聞くことです。疑うとは、迷いの中にある私が、このままの私が救われるのか?とか、助からないのか?とかはからう心です。そんな疑う心も必要なく、ただ、ただ、そのまま救う阿弥陀仏の願いのお心を聞かせていただきます。


2020年711日〜20日

妙薬

厚狭西組善教寺 寺田弘信

 

テレビをつけると新型コロナに関するニュースが、連日のように報道されています。その影響もあり、マスクをはじめ、さまざまな衛生用品の需要が高まっています。この新型コロナに対する、確実な治療方法は確立されていません。この治療薬、あるいはワクチンさえあれば大丈夫!というものがまだ存在しないのです。治療薬やワクチンを求めてドラッグストア等のお店に足を運ぶ人がいるという話は聞いたことがありません。それはまだ治療薬が完成していないからです。たとえマスクの性能が完全・完璧であったとしても、すでに新型コロナに感染・発症している人が、感染予防を目的としてマスクを身につけるというのは、全く意味のないことなのです。その人に本当に必要なのは、完全・完璧なマスクではなく、治療薬なのです。

阿弥陀さまのお救いはどうでしょうか?

 

弥陀成仏のこのかたは

いまに十劫をへたまへり

法身の光輪きはもなく

世の盲冥をてらすなり

 

阿弥陀さまのお救いは、遥か大昔に完成されております。そのお救いは「南無阿弥陀仏」のお念仏の姿となって、常にわたしたちにはたらいておいでです。この「南無阿弥陀仏」のお救いから漏れているものは、誰ひとりいません。さきほどの新型コロナの話でいえば、阿弥陀さまのお救いは、すでに完成した治療薬のことです。それと同時に阿弥陀さまのお救いは、「完全・完璧」なものとして、すでに「完成」しているぞ!とわたしの不安を取り除き、安心を与えてくださる阿弥陀さまの呼び声でもあります。

煩悩が原因でいま苦しんでいるこの私を救おうと、治療薬を完成されたのも阿弥陀さま……その治療薬を私のところまで届けてくださったのも阿弥陀さま……そしていままさにその治療薬をこの私に飲ませようとしてくださっているのも、阿弥陀さまなのです。なんともかたじけないことであります。

 


2020年71日〜10日

靴下に書かれた名前

大津東組西福寺 和 隆道

 

先日、ある御門徒さんの家に法事に行ったときのことです。お勤めも終わり、ご家族の方、ご親族の方に、順番にお焼香をしてもらいました。するとその中に、ピカピカの学生服を着た、小学一年生の男の子がいらっしゃいました。お母さんに手を引かれて、その子もお焼香に向かいます。仏さまの前に座って、合掌礼拝と、その子がお焼香をしたときです、その男の子の白い靴下の裏に、大きな字で、「一年○組、○○」と、その子の名前が書かれているのが目に入りました。とても大きな字でしたので、その場にいた皆が気づいたようです。後で聞きますと、小学校に入学したときに、持ち物をなくさないようにと、その子のお母さんが、その子の色々な持ち物に名前を書いてあげたとのことでした。

そのことで思い出しますのは、そういえば私が小さい頃、私の色々な持ち物にも名前が書かれていたなあということです。鉛筆の一本一本から、小さなおはじきの一つ一つにまで、頼んでもいないのに、勝手に名前が書かれてありました。そういえば、私がはいていたパンツにも、前のところに大きく名前が書かれてありました。おそらく、水泳の時間などに、他の子のパンツと間違わないようにと、そういう親の思いから、名前が書かれていたのでありましょう。私の持ち物やパンツに書かれた名前は、子どもを思う親の心が形となって現れた姿であるといえるのではないでしょうか。

南無阿弥陀仏も同じです。「一々のはなのなかよりは 三十六百千億の 光明てらしてほがらかに いたらぬところはさらになし」(『浄土和讃』)。阿弥陀如来という仏さまは、迷い苦しむ衆生をなんとか救ってやりたいと、南無阿弥陀仏というはたらきとなって、私の元に至り届いて下さっておられます。私の口からこぼれでて下さる南無阿弥陀仏のお名号は、阿弥陀さまの衆生を思う慈悲のお心が形となって現れて下さったお姿であるといえるでしょう。私たちは、南無阿弥陀仏となって下さった阿弥陀さまと共にこの人生を歩ませていただき、命終わり次第には、間違いなくお浄土に生まれさせていただくのであると、聞かせていただくばかりでございます。

 


2020年6月21日〜30日

お育て

宇部小野田組法泉寺 中山教昭

 

先日ご縁があって、老人ホームに行ったときに、老人ホームの職員の方から聞かせていただいた話なのですが、老人ホームの利用者の中には、認知症の方が何人かいらっしゃるそうで、やってはいけないことをやったりとか、昨日言ったことやついさっき言ったことを忘れてしまったりということがよくあるそうです。それで、施設の利用者の中に、施設内の色んなところに置いてあるお菓子を次から次に食べる利用者の方がいらっしゃったそうで、その方は、ここに置いてあるお菓子は食べちゃダメと言っても食べるし、ここにあるお菓子は、あなたのじゃなくて他の利用者のお菓子だから食べちゃダメと言っても食べる。どれだけ注意しても、ルールは守らないし、言ったことはすぐ忘れる。施設の職員はたいへん困っていたそうなのです。しかし、その利用者の方は、何度も何度も言われたことを忘れてしまっても、食べてはいけないお菓子に手を付けたとしても、お仏壇にお供えしたお菓子には一切手を付けることはなかったそうであります。それを聞いて、私の勝手な推測ではありますが、きっとこの方は、仏様を大切にする家庭に育ったんだろうなということを思ったのです。もし、この方がお仏壇のない家に育って、お寺に参るご縁がまったくないような方だったらどうだろうかと考えると、きっとお仏壇にお供えしたお菓子を特別扱いするようなことはなかったと思うんです。しかし、きっと幼い頃に「お供え物に手を出しちゃいけんよ」「お参りして、仏様に手を合わせたあとに、おさがりとしていただくんよ」と毎日のように言われて、それが当たり前になり、大人になっても、それを続け、子に伝え、孫に伝え、いつしか仏様中心の生活が身についたんじゃないかなということを思うんです。知らず知らずのうちに、仏様に手を合わせるのが当たり前になって、お供え物もおさがりとしていただくのは、手を合わせたあとということが身についた。多くのお育てをいただいていたんだなということを思うんです。特別大きなきっかけがあったわけではないですが、色々な積み重ねで、いつのまにかそれが当たり前になっていた。知らない間に、仏様のはたらきの中におったんだなということを味わわせていただいたご縁でありました。

称名

 

 


2020年6月11日〜20日

邦西組照蓮寺 岡村遵賢

 

室町時代、本願寺第八代・蓮如上人は、ご再興の上人と呼ばれます。『御文章』によって、御開山親鸞聖人の確かなご法義を広めてくださいました。吉崎、山科、大阪と、蓮如上人ご教化の地は、ご門徒が集い、宿が出来、商いをもし、街となり、繁栄しました。その中心に建つ、広大なる本堂に溢れかえるお聴聞の方々の姿は、想像しただけでも圧巻です。誰の目にも、この上ない真宗の繁昌と見えたでしょう。

そんな中、蓮如上人はおっしゃいます。

 「一宗の繁昌と申すは、人のおほくあつまり、

  威のおほきなることにてはなく候ふ」

お寺に人が沢山集まり、威勢のいいこと。そんなことを一宗の繁昌と言うのではない。と。

 「一人なりとも、人の信をとるが、一宗の繁昌に候」

たった一人でも信心をうるならば、南無阿弥陀仏のおいわれを正しく聞き、救われた身となるならば、それこそが一宗の繁昌である、と言うのです。

このお言葉を聞いたとき、お坊さんの立場である私は、誰か一人でも信心の者になるように、この教えをまともに聞かせなければならないのだ。と思う所でした。しかし、この一人とはよその誰かのことではなかったのです。今、ここに存在している私一人のこと。私の後生の解決が届いている姿が南無阿弥陀仏であり、ご法義繁昌のすがたでありました。

現在、コロナ禍の緊張も少しく緩みをみせておりますが、予測不能な事態には変わりありません。なにかと寄り合いにくいご時世が続きます。ただし、真宗の繁昌は、人の多い少ないではありません。私一人にかかるご本願・念仏成仏のご法義・大悲無倦のおはたらきは、本日もこの上ない繁昌であると、改めて聞かせて頂きます。

称名

 

 


2020年61日〜10日

ご一緒の人生

防府組明照寺 重枝真紹

 

「しーちゃん、幼稚園には行かないといけないのよ。

 大丈夫、たいちゃんが一緒だから。一緒に行こうね。」

 

緊急事態宣言も解除され、幼稚園も始まりました。この春から幼稚園に入園した娘は、不安を感じてか、幼稚園に行くのを愚図ります。何とか幼稚園に行く気持ちにさせられないかと思っておりましたところ、娘の気持ちを動かしたのは、始めに述べました、年長組になった息子の言葉でした。

私たちが生きるこの世界は、この度の新型コロナウイルスのように、私にとって思いがけないことも起こります。また、かかりたくないと思いましても病気にかかるように、私の思い通りにならないことも多々起こります。どれだけ願いましても、なぜ、どうしてと思いましても、縁に触れて起こります。そして、誰かに代わって欲しいと思いましても、代わってくれる方はおりません。私自身のいのちは、私自身が引き受けなければなりません。

ですが、引き受けるにしても、独りは、苦しくなります。「明けない夜は無い」という言葉も聞きますが、明けるまで耐えられない私がいます。

その私の在り様を見抜かれて、私に「安心を与えたい。」と。私の為に立ちあがり、「独りぼっちにしない。決して見捨てない。我にまかせよ。必ず救う。」と。今、私のいのちのうえに、南無阿弥陀仏と至り届いてくださっている仏様が、阿弥陀様です。「共に抱える、共に生きる。」と、常に私を光照らし、護ってくださっている仏様が、阿弥陀様です。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。「大丈夫。独りぼっちにはしない。決して見捨てない。必ず浄土に生まれさせ、必ず仏にならせる。我にまかせよ。必ず救う。」  

阿弥陀様は、いつでも、どこでも、誰にでも等しく、どんな私であっても見捨てることなく、ご一緒くださっています。阿弥陀様をよりどころに、今、できることをさせていただきましょう。

 


2020年5月21日〜31日

豊浦組専徳寺 原田英真

 

人は、何のために生れてきたのか?を考える時に、自分が自分の事だけ考えていても、人生を一貫して言える答えは出て来ません。人は、他者との関わり合いの中で生きています。ですから、今の私の考え方は、すべて自分で考えて作ったものではないのです。必ず周りの方の影響を受け、今の考え方は成立しています。そうであるならば、私の今の生き方も、きっと周りの方に影響を与えているに違いありません。そのように思うと、私の今生き方も少し変わってゆくのではないでしょうか?

南無阿弥陀仏・大悲の親さまを聞かせてもらう者の人生には、お念仏申す中に、「阿弥陀様が、どんな時も、いや苦しんでいる時こそ離れることなく私とご一緒して下さっていて、命終わる時、お浄土に参らせてくださるのだなぁ」と思う心を恵まれます。ですから、たとえ人生最後の床に臥す日であっても、

「南無阿弥陀仏・・・。私のこの度の人生本当によかった。仏様に出遇える、みんなに出会える尊い人生だった」と喜ぶ姿を見せることが出来たならば、周りのお方が驚くのでしょう。

「あんなに辛い状況の中で、あんなに明るく接してくれて、仏様に、そしてアナタに出会える人生でよかった。ありがとうって言ってくれた。念仏称えるってそんなにすごい事なのか。そんなに尊い事なのか~」とその時はわからなくても、本人がその情況になった時、思い出すのではないでしょうか?

今私達は、そのような姿を見せてくれたお念仏の先輩方に・阿弥陀様に導かれて南無阿弥陀仏とお念仏申す身に育てられてあるのです。そのようなところに常行大悲の現世利益がありますとお聞かせに与かります。

 


2020年5月11日〜20日

「あたりまえの幸せ

華松組西光寺 佐々木世雄

 

 皆さんいかがお過ごしでしょうか。新型コロナウイルスの影響で大変な状況が続いています。お預かりしているお寺でも

3月のお彼岸、4月の花まつり、5月の降誕会と法要の中止が続きました。ご法事でもお互いマスクをしたまま挨拶をして、

お勤めの時だけマスクを外し、法話ではまたマスクをつける、といったような状況です。誰も想像していなかった世界だと

思います。

 

 ご門徒さんが「このような状況になって初めて、今まで普通に仕事をして、家事をして、子育てをしてという当たり前の

日常が、本当はとてもありがたいことだったのだと気づきました。私たちは十分幸せだったのですね。」とお話しください

ました。歳を重ねることで若さを知り、病に伏して健康のありがたさを知る。私たちは失って初めて失ったものの大切さを

知ります。当たり前の日常は本当は尊いことだったのです。

 

 コロナウイルスはいつ終息するかはわかりませんが、時間軸を広げてみると根絶はできなくてもいつかは終息していきま

す。今は想像できないかもしれませんが、いつしかこの騒動も過去の出来事となって「あの時は大変だったね」と言いなが

らも人は忘れていきます。そして、当たり前の幸せも同時に忘れていきます。その時は改めてご門徒さんの言葉を思い出し

たいと思います。当たり前の日常が本当はとても幸せなことなのだと。

 

 お互い様に仏様の教えを仰ぎながら、どのような状況であっても幸せだと言っていけるような心を開いていきたいですね。

どうぞ無理のなさらないようにお過ごしください。

 

 


2020年51日〜10日

安心の中に

美祢西組正隆寺 波佐間正弘

 

令和という時代を迎え早いもので1年が経ちました。誰もが平和な時代になってほしいと願い始まりましたが、新型コロナウイルスというものが大流行し、世界中が混乱しています。

日々世界中で感染者は増え続け、その中で多くの方がいのちを終えていかれています。

日本においても全国に緊急事態宣言が出され約1ヶ月が経ちました。しかしながら終息の兆しは全く見えず、いつまで続くのだろうかと不安は膨らむばかりです。何かできることはないだろうかと考えてはみますが、何もしないということを求められる状況にあり、ただただニュースを見ることしかできません。

親鸞聖人様が42歳の年に、夏は全く雨が降らず田んぼや畑が枯れ、秋には台風や長雨による被害で農作物に甚大な被害がでたそうです。それによる大飢饉が起こり、多くの方がお亡くなりになられたそうです。

親鸞聖人様は何か自分にできることはないだろうかと思い悩まれ、人々の利益のためにと浄土三部経を千部読誦することを発願し、実践されました。しかし4.5日でやめられたと恵信尼様のお手紙の中に綴られてあります。思い悩まれ始められた親鸞聖人様はどうしておやめになられたのでしょうか。

親鸞聖人様は私が人々を利益するのではなかった。阿弥陀様のお救いに何の不足があってこのようなことをするのか。いつでもどこでもはたらいてくださる阿弥陀様がいらっしゃるではないかと思われたからでしょう。

多くの方がいのち終えていかれる姿を目にした時、私の心は揺れ動きます。いつもは心穏やかにお念仏申させていただいていたとしても、このような時には仏様よりも自分を頼りにしたくなります。そんな私と見抜いてくださったからこそいつでもどんなときでも「大丈夫。大丈夫。われにまかせよ。必ず救う。」とはたらいてくださるのが阿弥陀様であります。

私たちが今までに経験したことのないことが世界中で起こっています。自分のことで精一杯になってしまうのが私でありますが、こんな時こそ阿弥陀様のおみのりの中に大きな安心を聞かせていただき、お念仏を申させていただくことのできるこの身体を大切にしながら、自他ともに心豊かな社会の実現に努めていかねばと思うばかりです。

 


2020年4月21日〜30日

紡がれてきた言葉

柳井組正福寺 長尾智章

 

心理学者で岡本夏木さんという方がおられました。ちなみにあのテレビタレントの方ではありません。この方は子どもの発達や言葉というものを主に研究された方でした。また特別支援学校の校長やいくつかの大学の教授なども務められ、子供たち、学生との交流も深かったようです。その中でご自身の体験をご自身の著書である『子どもとことば』の中に綴られております。

 

岡本先生は、特別支援学校の校長を4年間務められました。その在任最後の中学部卒業式でのことです。卒業式といえば体育館の中で行い、1人ずつ壇上に上がって卒業証書を授与されますが、その卒業生の中で先生が大変心配されていた生徒さんが1人おられました。その子は、集団行動が大変苦手でなかなか周りと打ち解けることが難しく、3年前の小学部の卒業式では壇上に上がることすらできなかったのです。そんな以前のこともあって先生は大変心配されました。卒業式当日、いよいよ先生がその子の名前を読み上げると、付き添われることなくその子1人で一段ずつ力強く壇上に上がって先生の前へと来たのです。その成長した姿に先生は大変感動し、早く証書を渡してあげようと読み始めると、その子が何やらひとり言をつぶやいていました。元々このお子さんは同じ言葉を何度も繰り返す癖があったようですが、しかしこの時に聞こえてきた言葉は、これまでその子から聞いたことがなかった言葉でした。それはたった一言「どうもない」という言葉でした。「どうもない」、つまり「大丈夫」という意味です。その「どうもない」という一言を自分に言い聞かすように何度も何度も繰り返し、その言葉と共に無事に卒業証書を受け取られたのです。先生は、そのお子さんの姿にたいへん身を洗われる思いがしたと綴っておられました。この「どうもない」という言葉は、なかなか集団の輪の中に入れないその子を励ます言葉として、周りの先生や友達から常日頃からかけ続けられていた言葉でした。そのたった一言「どうもない」という言葉の中に『先生がついてるから大丈夫』『僕がついてる、私がついてるから大丈夫』という周りの想いが言葉と共にその子へと届き、大きな支えとなって無事に証書を受け取ることができたのだと思います。

 

私達も小さい頃から、または色んな折に触れて何度も何度もかけ続けられてきた共通の言葉がありました。それは「南無阿弥陀仏」という言葉です。この言葉は決して自分の中から生まれた言葉ではありません。親をはじめ、祖父や祖母、また縁ある方々が何度も何度も口にして、それを私たちはいつの間にか聞き続けていたのです。しかもそれは、身の周りだけではなく、私達があずかり知らないご先祖やご先達が脈々と紡いで下さった言葉でもあります。さらにその大本を辿っていくと、それは阿弥陀さまという仏さまが、苦悩を抱え幾度も迷うていくこの私の姿をご覧になられ、その私に「必ず救う、われにまかせよ」と喚び続けられていたものでありました。この「南無阿弥陀仏」という六字の短い言葉の中に、いつでもあなたと共にあるぞと、この私のいのちをどこまでも支えて下さる大きな安心の中に包まれたお言葉でありました。

 

 


2020年411日〜20日

支えられてこそ

須佐組浄蓮寺 工藤顕樹

 

2019年12月31日、中国湖北省武漢市で原因不明の肺炎の集団発生が報告されてから早4ヶ月が経ちました。「新型コロナウィルス」と名付けられたこのウィルスは、当初に伝えられていた予想に反し、その感染の影響は全世界へと広がり、人々の健康面のみならず経済にも大きな打撃を与え、現在もまだ先の見えない状況が続いております。

科学技術や医学が過去最も極まっている現代にも関わらず、ウィルス一つでここまで社会が混乱する状況を鑑みた時、自分のいる世界が薄氷を踏むような中にあったのかと気づかされることであります。

 

先日、親戚寺の前住職様の十七回忌のご縁をいただきました。今日の状況を考えられて、ごくごく少人数でのご法事でありました。その日のご法事を勤めてくださった、あるお寺のご住職様が御法話の中で、

「『目に見えない敵と戦う』という言葉を耳にしますが、『目に見えない言葉に支えられて』私は今日を迎えております」

とお話をされていたことが印象に残りました。

御法話をしてくださったこのご住職様は、今から三十年ほど前によその土地から来られました。右も左も言葉もよく分からないという孤独で不安な当時の心情を振り返る中に、そこにいつも励ましの言葉をかけて下さったのが、この前住職様だったようです。

「そのままデンと構えておればええ」

それは「何もしなくても良い」という意味ではなく、「あなたらしくあれば良い」「そのあなたをみんなで支えていく」というお心であったのではないのかと、私は味わわせていただきました。 

 

親鸞聖人は

慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念いを難思の法海に流す

とお味わいくださいました。

阿弥陀様のお心を「仏地」「法海」という広い大地と海とに表現されました。それは親鸞聖人ご自身のいのちの根っこを支える大地であり、御本願の世界に身をひたし続けていこうという願いであります。それは同時に、いま私のいのちを支えてくださっている用きでもあります。

毛色の違うものに会って、初めて自分の毛色に着目出来るように、そのような広い世界に出遇うときに、初めて自分の世界の狭さに気づかされていくのではないでしょうか。

狭い世界は孤独を生みます。そして孤独から不安が生まれます。その不安を抱えながらも阿弥陀様とご一緒に、弱々しくも次の一歩を踏み出していくのです。

 


2020年41日〜10日

本当のもの

宇部小野田組西秀寺 黒瀬英世

 

先般から世間を賑わせている新型コロナウイルスですが、その騒動のなか垣間見えた人間の不完全さが非常に印象的でした。それが見えた出来事の一つとして、某SNSで叫ばれたドラッグストア店員の悲痛の声でした。

それを投稿したのは、ドラッグストアで十二年間働いておられる女性の方でした。皆さんご存知の通りこの騒動のさなか、ドラッグストアはマスクの供給不足により人が押し寄せ、混乱をきたしています。訪れる人々が一様に「マスクの入荷はいつなんだ?」と鬼気迫る形相で、あげく店員さんに暴言を浴びせる人までいるそうです。

それだけではなく、今度はペーパー・生理用品・ベビーオムツなどといった製品を買い占める人も出てきていました。ちなみにペーパー類買い占めの原因は、今回のコロナ騒動によって中国からの紙製品の輸入や生産が滞ってしまうという情報に端を発したものです。しかし、そういった紙製品はほとんどが国内生産で、原材料も国産です。中国の影響はほとんど受けることがありません。つまり、紙製品不足になるというのは、デマ情報です。しかし私たちはこういった騒動の中で、何が本当の情報かを見失い、何の根拠もない悪意に満ちたデマに踊らされ、恥ずべき行為繰り返してしまいます。

そんな私たちの恥ずべき有様を照らし、映し出してくださるのが阿弥陀様の御光ではないでしょうか。

 

 

「本当のものがわからないと本当でないものを本当にする」

 

この言葉は、安田理深先生というお坊さんのお言葉です。このお言葉を逆説的に読むと、「本当のものを知らされると、本当でないものが見えてくる」という意味になります。私たちは仏法という「本物」を聞かせていただくことにより、自分という「本当でない」すがたが映し出され、その真実を知らされます。また自分という「本当でない」すがたを仏法という「本当のもの」を通して見たとき、私たちは初めて阿弥陀様のお徳を仰ぐことができるようになるのではないでしょうか

 


2020年3月21日〜31日

親のよび声

華松組安楽寺 金安一樹

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と私が称えているお念仏も、阿弥陀さまのおはたらきがあってくださったからこそ、今私の口をついてお念仏が出てくださいます。

私には、三歳になる甥っ子がおります。たまに会うときは、私の顔を見るなり走って私に飛びついてきてくれる、かわいい甥っ子です。三歳になるとまだまだ片言ですが、少しずつ言葉を発するようになりました。自分の思いを精一杯伝えようと言葉を発するのですが、言葉にならず、聞いているこちら側は、意味は分かりません。しかしそのしゃべり続ける姿さえも愛おしく思わずにはいられません。

そんな甥っ子が最近「お母ちゃん」と言えるようになりました。おばあちゃんや私と遊んでいても、母親の姿が見えなくなると「お母ちゃんは?」と言います。また遊んでいて、一生懸命走って、コテンッと転ぶと大泣きしながら、「お母ちゃん、お母ちゃん」と呼びます。こんな時はおばあちゃんが抱きしめても、「お母ちゃん、お母ちゃん」と、母の姿を探すのです。寂しくなったとき、心身ともに辛いとき、呼ぶその声は「お母ちゃん」であります。甥っ子が呼ぶ「お母ちゃん」という言葉には、生まれてこのかた、甥っ子が言葉を発するその前から、母親の方が我が子に「お母ちゃんやよ。お母ちゃんはここにおるよ。」と、呼び続けてくれた。また母親が我が子を呼ぶ心持ちは、「私はあなたのお母ちゃんやよ。どんなことがあっても見捨てることができない大事な、大切な我が子だよ。」という思いであります。親のはたらきがまずあったからこそ、甥っ子が「お母ちゃん」と呼ぶことができ、寂しいとき、辛いとき、たよりとなり、安心を与えてくれるのです。

「南無阿弥陀仏」とお念仏が出るはずがない私の口から、お念仏が出てくださっています。それは阿弥陀さまが、私のいのちに「どんなことがあっても見捨てることができない仏の子だよ。あなたは一人ではない。私が常に一緒におるぞ」と喚び続けて下さった。いのちの親様となって「南無阿弥陀仏」と私に至り届いて下さった。お念仏申している身にあるということが、今阿弥陀さまが私を守り育て続けてくださるおはたらきの真っただ中にあるということの何よりのしるしであります。

 


2020年31日〜10日

お育て

下松組光圓寺 石田敬信

 

北九州のお寺さんでお世話になっていたときに、70代の男性の門徒さんに出会いました。その方のお母様の月命日にお参りして、その後お話をした時のことです。

「浄土真宗はどんどん減ってきているように感じますが、原因はなんだと思いますか」と聞かれ、「私たち僧侶の問題かもしれません」とお答えすると、「私もそう思います」と言われ、初対面でしたから、ドキっとしました。

「私は死んだら無になると思います、だから阿弥陀様とかの空想な話が大嫌いです」

「浄土真宗は今の時代に合ってないように思いますが、どう思われますか」

矢継ぎ早に質問をされて、戸惑いましたが、よくよく話を聞くと、仏教にとても興味がある方でした。また、お母様はとても熱心なご門徒だったようです。

「大切な人が亡くなった時に、もう二度と会えない、無になって終わりでは寂しくないですか。死んでお終いではなんのために今を生きているのか、その疑問が私のスタートでした。阿弥陀様はどちらも先手で解決してくださいました。」とお答えすると、頭を抱えてらっしゃいました。

それからたくさんお話をして、「どうか分かりやすい良い話をするお坊さんになって下さい。あなたの法話を聞いてみたい、ヤジをとばしてあげますよ」と笑いながら言われ、お互いに打ち解け、仲良くなりました。歎異抄を読まれることをお願いして、次に会った時には、「読みましたが、なにも考えは変わりませんでした」と正直に言われました。

それからもお会いするたびに、たくさん話をして、仲良くしてくださいました。

しばらくお会いできなくなり突然その方が、寝ているときに亡くなっていたと連絡がきました。お葬儀をお勤めしながら、まだまだお話したかったのにと、想いがこみ上げてきました。もっと伝わる表現があったのではないか、僧侶として最善の努力でこの方と関わることができていたかと、悔やみました。奥さんが「あなたと話をするの、いつも楽しみにしていたのよ」と言って下さいました。

奥さんは他宗の方だったので、月命日はもうされないかなと思っていましたが、「主人が大事にしていたので」と、その後も、お母様の月命日のお参りを続けることになりました。

ご主人は、僧侶や浄土真宗に疑問を問いながらも、お母様の月命日を大切にされていました。生前のお母様のお姿が、この方を育てたのでしょう。言葉だけで、納得してもらいたいと思っていた私の浅はかさに気づかされました。この方から尊いお育てをいただいたことでした。

阿弥陀様はすべてのいのちを、必ず仏にしてくださいます。生まれたからには必ず死をむかえ、大切な方と離れていく私の苦しみ悲しみをみそなわし、自分中心のこころから迷い苦しみ、離れることができないこの私を、決してあきらめることなく、お念仏申すものに育てあげ、おさめ取って捨てないのです。あなたを必ず救うという、阿弥陀様のおこころは、私のためであったのかと聞かせていただきながら、もったいないありがたいと、おまかせし念仏申しながら、またいつかこの方とお遇いしたいと思います。

 

 

 


2020年2月21日〜29日

 

下松組専明寺 藤本弘信

 

今から50年前、1970年は大阪万博が開催された年でした。

 

この万博では「人類の進歩と調和」というテーマのもと、技術の進歩を示すだけではなく、その進歩が同時に自然や人間性にどのような影響を与え、山積する様々な課題をどう解決し、「調和」のある「進歩」をどう実現していくのかを考えていく博覧会でもありました。

 

50年が経過した今、確かに技術の進歩は日進月歩、めまぐるしいものですが、その反面、環境破壊や国家間の「調和」にはどれほどの進歩があったのでしょうか。もっと身近な所でいうならば、50年の技術進歩によって、私達は以前より幸せになることができたのでしょうか。「いやいや、これからもっと技術が進歩していくのだから、その先に幸せが待っている」というのでしょうか。それは一体いつになるのでしょうか。

 

技術の進歩によって幸せになれるというのは、夢・幻であり、本当の幸せは自分の生き方次第で大きく変わるものではないかと私は思うのです。

 

蓮如上人は『御文章』の中で、「それおもんみれば、人間はただ電光朝露の夢幻のあひだのたのしみぞかし。たとひまた栄華栄耀にふけりて、おもふさまのことなりといふとも、それはただ五十年乃至百年のうちのことなり。(省略)されば死出の山路のすゑ、三塗の大河をばただひとりこそゆきなんずれ。これによりて、ただふかくねがふべきは後生なり、またたのむべきは弥陀如来なり」

 

とお示しくださっています。

 

願うべきは後生、たのむべきは弥陀如来とありますが、たのむとは、お願いをするのではありません。この苦しみ悩む私達を必ず救うとはたらいてくださる阿弥陀様にこの身をそのままお任せしていくというのです。

これこそが、どんな時代、苦しみ、問題があろうとも、時代を超えて親鸞聖人、蓮如上人、そして先達の方々の生き方だったのではないでしょうか。

 


2020年2月1日〜10日

煩悩具足の凡夫

豊浦西組大専寺 木村智教

 

今年は例年にない暖冬ですが空気の乾いた日が続いています。私は生まれつき肌が弱く、この時期はカサカサの乾燥肌に悩まされます。先日、主治医の先生から「ひっかくと余計かゆくなるから、かかないほうがいいですよ。」と言われ、「はい気をつけます」と私はこたえました。 バリバリとかきむしりながら。 別にかきたくてかいているわけではありません。しかしたとえ医者に止められても、「かいたら余計かゆくなる」と頭ではわかっていても、条件が整えばかかずにはいられません。

 親鸞聖人は『歎異抄』にて 「人はだれでも、 しかるべき縁がはたらけば、 どのような行いもするものである 」とお示しくださいました。己の思うままにいい人になれず、如何ともし難いものを抱えているのが、仏様に見抜かれた私の姿です。自らの姿を身を煩わし心を悩ますものを具えた者であると、嘆きと悲しみを込めて親鸞聖人は「煩悩具足の凡夫」とよばれました。

 仏法にであった私が阿弥陀様にすくいに身を任せるので、生命尽きたとき煩悩から解き放たれる。その嬉しさを親鸞聖人は「煩悩具足と信知して 本願力に乗ずれば すなはち穢身すてはてて 法性常楽証せしむ 」と詠われたのです。

 かゆいところをかきながらも、お念仏申さずにはいられません。

南無阿弥陀仏

 

 


2020年1月21日〜31日

泥の中へ

大津東組西福寺 和 隆道

 

これは、私が小学校へ入った頃の話だったと思います。ある日、私は、友達と木登りをして遊んでいました。誰が一番高く登れるか、そんなことを競っていたと思います。私は木登りが得意でしたので、調子に乗ってどんどん枝の先の方へ登っていきました。「みんなも早く来いよ」、私がそう言ったその時です、私が登っていた木の枝が、「ボキッ」と根元から折れてしまいました。「うわーっ」、「ドボッ」、私はドブ川の中へ真っ逆さまに落ちていきました。顔も体も半分以上泥の中に埋まり、身動きがとれません。目も開けられません。なんとか息はできます。「助けてーっ」、私は必死に泣き叫びましたが、友達もオロオロするばかりで誰も助けに来てくれません。私は思いました、「私の人生もここまでか、思えば短い一生であった…」。

するとその時です。「ガバーッ」と、誰かが私の体を泥の中から抱き上げてくれました。それは外でもない、私の母親でありました。我が子のためなら、どれほど汚い泥の中へでも一目散に飛び込んで抱き上げる、それが母親という者なのでありましょう。その後病院へ行きましたが、命に別状はなかったとのことであります。

「生死の苦海ほとりなし ひさしくしずめるわれらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける」、我々は、生死の苦海、煩悩の泥の中に沈む者でございます。自らの力では、その泥の中から抜け出すことはできません。そのことを深く哀れんで下さったのが、大悲の親様である阿弥陀如来様でございます。いてもたってもいられずに、南無阿弥陀仏の御名号となられて、泥の中に沈む私の元へ来て下さっておられます。この南無阿弥陀仏のお働きによって、命終わり次第には、間違いなく西方の極楽浄土へ生まれさせていただくと、聞かせていただくばかりでございます。