テレホン法話 2018年   TEL:083-973-0111

山口教区の青年布教使による3分の法話が聞けます。10日毎に法話は変わります。

2018年2月21日〜28日

 「安心の中に」

美祢西組正隆寺 波佐間正弘

 

昨年10月にわたしのおじいちゃんであります前住職がめでたく往生の素懐を遂げました。

 

おじいちゃんは勉強が大好きで、毎日机に向かい本を読み、阿弥陀様のこと、親鸞聖人様のことなどを学んでいました。おじいちゃんは晩年、「わしが死んだらめでたく往生したと言ってくれ」と何度も何度も言っていました。

 

葬儀の時にこの言葉を父があいさつの中で言ってくれました。私たち家族は目の前がかすんで見えないほどの大粒の涙をぽろぽろぽろぽろと流しました。私たち家族にとってはめでたいという感情よりも、つらく悲しいという感情の方が正直大きかったように思います。

 

しかしおじいちゃんは、ずっと聞かせていただいておった阿弥陀様のお浄土に生まれさせていただくことができる。こんなにめでたいことはない。そう思い続けていたのでしょう。おじいちゃんの口から「死にたくない」というような言葉を聞いたことは1度もありませんでした。ただもう少しあれがしたいな。こんなものをもう少しだけいただきたいなということを時々言っていました。

 

おじいちゃんの最後の言葉は「今までお世話になりました。なまんだぶ。なまんだぶ。」

それからはただただお念仏申させていただくだけでした。

 

「われにまかせよ、かならずすくう」という阿弥陀様のお慈悲にやさしく包まれ、大きな安心の中にあったようなおじいちゃんらしい別れであったなと振り返ることであります。 

 

親しい人、愛する人との別れはつらくかなしいことであります。しかしただただ悲しくむなしいだけでは終わらせないと立ち上がって下さったのが阿弥陀様であります。

 

そのままの私をお目当てとし、南無阿弥陀仏のお名号となり私に至りとどいてくださる阿弥陀様。その阿弥陀様の大きなお慈悲に今まさに包まれておるという喜びを、改めて感じながら日々を送らせていただきたいなと思います。


 2018年2月11日〜20日

「私に向けられた願い」

 華松組安楽寺 金安一樹

 

 数年前に放送されていた「海猿」というドラマを久しぶりに見ていました。これは海などで起きる事故の救助に向かう海上保安官の潜水士という職業を描いており、主人公の仙崎という青年が、大好きな海で不幸があって欲しくないとこの潜水士を目指す物語です。 

 

 実際、潜水士になるには、命懸けの過酷な訓練に耐えなければなりません。体力作りのため約30キロもある酸素ボンベを担いでのランニングや数時間にも及ぶ水中訓練など。体力だけでなく、海や天候等の専門的知識も必要とされます。そして救援現場では自らが蓄積した全ての力を、助けを求めている救助者に振り向けるのです。一万人以上いる海上保安官の中でも、この厳しい訓練に耐えた1%の者しかなることができないのが潜水士という職業だそうです。 

 

 この潜水士になるには、最終試験で実技試験と別に面接があります。面接では先輩や後々の上司に対して「人のために力を尽くせる人になりたい」や主人公の仙崎のように「大好きな海で不幸を起したくない」と願いを伝えるのです。この願いをよくよく考ますと、潜水士になりたいという自己の願いの中に、他の“いのち”の幸せを願った想いが根底としてあることに気づかされます。

 

 これは阿弥陀さまの願いについても通ずるところがあります。阿弥陀さまがまだ法蔵比丘というご修行の身であった時、今生きている意味やどこに向かって歩んでいるのかも分からず、不安と孤独を抱えた私たちをご覧になり、「私が変わって、全ての者を苦悩から救える仏になりたい」と誓われました。この誓いを中心に四十八の願いを建てられ、願いの実現のために私たちの頭では考えられない兆載永劫という長い間ご修行くださり、その培った全ての功徳を南無阿弥陀仏のみ名に込めてくださりました。この南無阿弥陀仏に込められた阿弥陀さまの願いをお聞かせいただくと、願いの内容全ては、私を苦悩から救いたいという「私に向けられた願い」であるのです。


2018年1月21日〜31日

 

岩国組教法寺 筑波敬道

 

 阿弥陀様は、この私に救われる為の生き方は告げず、また罪の深さも重さも告げずに、ただ救いだけを告げ続けてくださっていますと聞かせて頂いております。確かに、実現不可能な生き方を告げられたり、更に「あなたはここが悪い」と指摘されても辛いだけですが「あなたを救うよ」「見捨てないよ」「安心しなさいよ」という言葉は嬉しいし、有り難いものです。阿弥陀様は、修正も訂正も出来ない私を見抜き切って、その私を特別の目あてとして、この私の所に届き、休むことなく、はたらいておられる仏様でした。

 

昨年11月、あるお寺の報恩講様にご縁を頂戴いたしました。日程は三日間で、毎座たくさんのお参りがあり、お同行の方々は熱心に、なによりも大変温かくお聴聞をくださいました。三日目、ご満座の時の事です。話し始めてまもなく、お同行の方々からなにやら小声で話声が聞こえます。しばらくすると大声で「蜂」という声が聞こえてきて、その視線の先の天井に設置された空調から、十数匹の大きな蜂が次々と出てきており本堂内は騒然としました。窓を開け始める方、来ていた上着で払いのける方、殺虫剤を取りに出られる方、もう法話どころではありません。しばらくして、堂内も少し落ち着きを取り戻し、再開することになりましたが、その後もやはり気になり、集中力を欠いた状態で終わってしまい自身の未熟さを痛感する厳しいご縁になりました。

 

親鸞聖人はお手紙の中に自らの力で浄土往生を願う事を

 

 わが身をたのみ、わがはからいのこころをもつて身・口・意のみだれごころをつくろひ、めでたうしなして浄土へ往生せんとおもふを自力と申すなり

 

 と言われています。

 自身の行動力や決断力、判断力などが一番たよりになるものだとし、行動や言葉や心を整え、立派にして浄土へ生まれようと考えているのは、自らを誇り真実の阿弥陀様を見失っている姿であると教えてくださいました。少しの出来事で心は乱れ、結果、自身の力はかなわず永い間迷い、苦悩してきた私をこそ特別のめあてとしておられるのが阿弥陀様でした。

 

 日々の生活に追われ、阿弥陀様の事を忘れて生活している私ですが、その私を決して忘れてくださらない阿弥陀様の話を聞かせていただきたいものです。


 2018年1月11日〜20日

「新しい原点」

 豊浦西組大専寺 木村智教

 

昨年の10月、あるご門徒様のご法事にお参りしました。迎えてくれたのは、施主のおばあさんと3歳のお孫さんです。お孫さんの名を「はるくん」といいます。お茶を頂いていると、おばあさんがはるくんにお念珠をもたせ、

 

「はるくん手を合わせてね、なんまんだぶっていうんよ」

 

「やんばだむ やんばだむ」

 

「はるくん八ッ場ダムじゃないよ。なんまんだぶよ」

 

と、手を合わせ,お念仏申すことを教えていました。

 

この日はお正信偈をお勤めしました。しかし、私の中で二人のすがたと私と亡き祖母のすがたが重なり、念仏和讃より私の目から止め処なく涙が溢れ、声が出せなくなってしまいました。それでも読み終わり、向き直って、ご文章を読んでも涙が止まりません。私は恥ずかしくなり、急いでご当家を後にしました。

 

 孫が祖父母から手を合わすことを教わる。ありふれた法事の光景です。しかし、物心つかぬ孫にとっては顔も名前も知らぬ祖父の法事です。参ろうと思って参ったわけではありません。親に連れられ、その声を通してお念仏とであったのです。

 

 私達が今申しているお念仏もまた、有縁の方から授かったものです。その声は「我にまかせよ、必ずすくう」という仏様の絶え間ないおよび声です。その声を聞き、身を任すままに、確かな拠り所を賜ります。仏さまの御前。ここが私の、そしてあなたの新しい原点です。

 

南無阿弥陀仏