テレホン法話 2019年   TEL:083-973-0111

山口教区の青年布教使による3分の法話が聞けます。10日毎に法話は変わります。


2019年3月1日〜10日

宇部小野田組三徳寺 藤本好樹

 

これはとある先生がお話されたことなのですが。

「兄弟というのは、兄と弟どちらが先に生まれたのですか」と聞かれました。私は、それは兄だろうと、兄の方が先に生まれたんだと思いました。じゃあ、と「兄が兄となったのはいつですか」と今度は聞かれました。それは弟が生まれたときだろう。弟が生まれたとき、兄が兄となったんだと思いました。すると先生は「兄と弟は同時に生まれたと言えるのではないですか」と言われました。

どういうことかと申しますと、つまり、弟が生まれる前はまだ兄になってないじゃないですか。弟がいない人を兄とは呼ばないですよね。弟が生まれたときに、兄と弟が揃ったときに、はじめて兄であり弟となった。だから、兄と弟は同時に生まれたんだ。そういうことなんだそうです。

なるほどなぁと。私は、兄は兄、弟は弟と別々のものと考えていたのですが、兄と弟を一組として見ているんだなぁと。例えるなら、右と左、表と裏、一組になっているものの片一方、そんな風に見られているのかなぁと思いました。

 

また兄弟以外のお話もされまして。

「例えば、私。西洋的には、私は私、あなたはあなたと考えます。

 しかし仏教では、今こうしてお話している私は、今こうしてお話を聞いているあなたがいて成り立っていると考えます。

 聞く人がいなければ、話しかけることはできません。お話を聞くあなたがいて、初めて話しかける私が成立するんです。」

と。そういうお話をされました。兄弟にしても、私にしても、つながっている、一組となっているものの一つなんだ。決してそれ一つだけで成り立っているわけではないんだと教わったことであります。

 

さて、これはまた別のお説教でのことですが。三方よしという言葉を教えて頂きました。三方よしとは、売り手よし、買い手よし、世間よしの三を言います。江戸時代、現在の滋賀県にあたります近江の商人、近江商人の心得を表した言葉だそうです。売り手よし、買い手よし、世間よし、いい言葉だなぁと思いまして。つい私は私、あなたはあなたと考えてしまうのが、この私に思います。しかし私一人では成立していないのが真実であると仏様は仰っているように思います。私よし、あなたよし、世間よしと心掛けたく思います。


2019年2月11日〜20日

悪を転じて徳を成す正智

豊浦西組大専寺 木村智教

 

「失ったものを数えるな 残されたものを最大限に活かせ」

2020年、東京オリンピックに引き続き東京パラリンピックが開かれます。この言葉はパラリンピックの提唱者、ルードヴィッヒ・グッドマン博士の言葉です。博士は第二次世界大戦中、イギリスで神経科医として多くの傷痍軍人の治療と、スポーツを取り入れたリハビリ活動に心血を注ぎました。その際に患者を励ました言葉です。

「失ったものを数えるな」ということは、裏を返せば、戦地から体を痛めて帰って来た若者は、将来、恋人、家族…数え上げたらきりがないほどのものを失ったということです。しかしどんなに愚痴っても嘆いても、一度失ったものは戻って来ない。そして誰も代わってくれない。私が私の人生を生きるしかないのです。だからこそ、博士の言葉は、時代を超えて今の受け止め方を切り替え、力強く生き抜く力を、与えるのではないのでしょうか。

親鸞聖人は「あらゆる功徳をそなえた名号は、 悪を転じて徳に変える正しい智慧のはたらき1」であるとお示しくださいました。お念仏は阿弥陀様が南無阿弥陀仏の声となって我が身にとけ込み、喜びも痛みも共にしてくださるので、私にただ今の身を引き受けて、生きていく力を与えてくださるのです。

南無阿弥陀仏

1『顕浄土真実教行証文類 (現代語版)』本願寺出版社4頁


2019年1月21日〜31日

変わらぬおはたらき

厚狭西組善教寺 寺田弘信

 

先日1月六日に私が所属する善教寺におきましても、平成三十年度の御正忌報恩講が無事にお勤めすることが出来ました。

報恩講は宗祖親鸞聖人のご恩をしのび、そのご苦労を通じて、阿弥陀如来のお救いを改めて深くあじあわせていただく法要です。親鸞聖人の三十三回忌にあたり、本願寺第三代覚如上人はそのご遺徳をしのばれ、報恩講がいとなまれました。以来、聖人のご命日の法要は報恩講として大切にお勤めしています。

現代では元号法に基づき、天皇お一人に対して元号はひとつとする一世一元の制をとっています。平成という元号も今年の五月の皇位継承に伴い改元となります。

明治以前は世の中の乱れ、例えば大きな天災や飢饉、戦乱等があった際に、改元がたびたび執り行われました。宗祖親鸞聖人さまの九十歳のご生涯の間にも、なんと三十八回もの改元があったそうです。それほど世の中が不安定だったということを示しています。しかしそれはいつの時代も変わることはありません。

昨年一年を振り返ってみると、平成30年7月豪雨や度重なる台風襲来による被害の発生、島根・大阪・北海道で起きた地震…まさに2018年の今年の漢字、【災】が示すとおりの一年でした。

明日どうなるかわからない不安のなかに生きる…それは親鸞聖人さまの時代も、今を生きる私たちの時代も変わりはありません。しかしこれからどれほど元号が変わろうとも、どれほど時代が移り変わっていこうとも、阿弥陀如来が『南無阿弥陀仏』という声の仏さまとなって、すでに私に至り届き、はたらいでくださっている阿弥陀如来のお救いは変わることはありません。

その確かな如来さまのお救いを私たちに明らかにしてくださった、親鸞聖人さまの七百五十七回目にあたる報恩講を無事お勤め出来たことを、改めて慶ばせていただくばかりであります。

如来大悲の恩徳は

身を粉にしても報ずべし

師主知識の恩徳も

骨を砕きても謝すべし