テレホン法話 2019年   TEL:083-973-0111

山口教区の青年布教使による3分の法話が聞けます。10日毎に法話は変わります。


2019年8月1日〜10日

浄土真宗のお盆

美祢西組西音寺 川越広慈

 

今年もお盆の季節がやってまいりました。

日本のお盆というと、世間一般のイメージでは、先祖の霊がかえってくるという考え方がよく見受けられると思います。馬の形をしたキュウリで早くかえってきてもらおう、牛の形をした茄子でゆっくりかえってもらおう。先祖の霊が迷わないように迎え火や送り火をしようというのが一般的ではないでしょうか。

しかし、親鸞聖人がお示しになられました浄土真宗の教えというのは、先祖の霊が帰ってくるといったものではありませんでした。

『南無阿弥陀仏』というお念仏に出会い、お念仏を喜んで人生を歩まれた人は、この世での命を終えた時に阿弥陀様のお浄土へと往生させていただき、仏さまとならせていただく。そして仏さまとなられた方はいつでも、どこでもこの私を見守り、お念仏を申すようにと導いてくださっていると聞かせていただいております。

ですから、浄土真宗では迎え火や送り火の習慣がありません。お浄土に生まれていかれ、仏さまとなられた方が迷ってしまい、道灯りを頼りにするということがないからです。

私が今こうして、お念仏と出会わせていただいているのも、自分の力ではありません。私には先にお浄土へと往生させていただいた祖父母や父がおります。そして、そのご縁を通して、阿弥陀様との出会い、お念仏との出会いがあったのです。

こうしてお盆を迎えるにあたって、阿弥陀様のみ教えを聞かせていただいていますと、先祖のためにお念仏を申すのではない。お盆というご縁を通して、お念仏に出会わせていただいているのだなと感じます。

 


2019年7月21日〜31日

他力とは、阿弥陀如来がこの私を救いたいと、願い、はたらく力

宇部北組萬福寺 厚見 崇

 

「他力本願」という言葉を聞いたことがありますか?親鸞聖人は、「他力といふは如来の本願力なり」とお示しです。阿弥陀如来は、この私を迷いの世界から、さとりの世界へと救いたいと、願いはたらき続けています。それを「他力」とも「本願力」とも、「他力本願」ともいうのです。「他力本願」とは、阿弥陀如来が私を救い、さとりの仏にする事です。

ところが、世間では、違った意味で使われることがあります。スポーツで優勝争いの話になると、自力優勝じゃないと「他力本願」で優勝なんてダメだよ、という言葉が出てきます。自分で努力して、何とかすることが良いことで、他人の力に頼ることは甘えであり、悪いことである。そんな世間の考え方から、「他力本願」を単なる、他人頼りのものとして、間違って使ってしまっているのです。

ここで少し考えてみます。自分の努力だけで優勝を勝ち取ることは本当にあるのでしょうか?自分のプレーと相手のプレーによって試合は勝ち負けが決まります。相手が負けてくれたから、勝ち続けることが出来て、優勝するのです。さらには、相手があるから、成り立つのがスポーツの優勝争いです。そのように見えてくると、自分の力で成り立っていたものは何一つなかったと気づかされます。自分の力を頼りとする狭い世界から、自分と他者が関わりあう世界へと広がるのです。スポーツの優勝も、私たちの生活のすべても、自分の力だけに頼る人生ではなく、自分と他者の関わり合いの縁によって成り立っていることを聞かせていただきます。

世間や自分の考えに囚われ、迷い続ける私がいます。その私にこそ、互いに関わりあう真実の世界に目覚めさせ、安らかな仏にしたいと願いはたらき続けるのが阿弥陀如来。その如来の本願力一つで、さとりの仏となる道を歩みます。ぜひ「他力本願」で参りましょう。

南無阿弥陀仏

 


2019年7月11日〜20日

本願成就の南無阿弥陀仏

厚狭西組善教寺 寺田弘信

 

皆さまの好きな食べ物はなんでしょうか?私の場合、好きな食べ物の一つにラーメンがあります。もう何年も前になりますが、近所に、とあるラーメン屋さんがオープンしました。オープン当初から大変美味しいとの評判で、遠方からわざわざ食べに来られる方も多いそうです。

私も学生時代に、ラーメン屋さんでアルバイトをしていたことがあります。ラーメンのスープには、とんこつ・しょうゆ・みそ・塩などさまざまな種類があります。私の働いていたラーメン屋さんはとんこつスープのお店でした。とんこつスープの作り方は、大きな釜に大量の水と豚の骨を入れ、業務用のガスコンロの圧倒的な火力で煮込んでいきます。

このとき厨房のなかは熱気がものすごく、またスープが完成するまでに何時間もかかるので、スープの仕込みは大変な作業でありました。こうしてスープや他の食材の準備が全てできてから、ようやく開店です。まだラーメンをお客さまに提供できる状態ではないのに開店する店主はいません。

阿弥陀さまのお救いのおはたらきはどうでしょうか?親鸞聖人さまはご自身の和讃のなかで

 

弥陀成仏のこのかたは

 いまに十劫をへたまへり

法身の光輪きはもなく

 世の盲冥をてらすなり

 

と述べられ、慶ばれました。

私自身が思うところでありますが、『南無阿弥陀仏』が『南無法蔵菩薩』ではなくて本当によかったなぁと思います。

もしも『南無法蔵菩薩』だったならば、その意味は、「この法蔵菩薩が修行して今からあなたを救う悟りの仏になります。だから待っていてください!」ということになってしまいます。まだ救いの仏さまとはなられていらっしゃらないのです。

しかし実際には『南無阿弥陀仏』と私たちのところに至り届いてくださっている声の仏さまです。『南無阿弥陀仏』とは「我にまかせよ!かならず救う!その救いはもう完成しているぞ!」という阿弥陀さまの仰せであります。

間違えのない確かなお救いに、すでに出遇い、すでに救われているという安心のなか、『南無阿弥陀仏』のお念仏をこれからも皆さまといっしょに続けていくことが出来ればと思うところでございます。

 


2019年7月1日〜10日

どろろの母

大津東組西福寺 和 隆道

 

手塚治虫さんが書かれた漫画の中に、『どろろ』という作品があります。その中に、このような話が出てきます。どろろは幼い頃、父親に先立たれ、母親と二人、あてもなく村々をさまよいながら生きておりました。時は戦国時代、戦によってどの村も荒れ果て、食べるものもありません。ある時、国分寺において、施餓鬼と言いまして、貧しい人々におかゆを施すという法会が行われていました。どろろの母親も、順番待ちの行列に並びます。いよいよ母親の番が回ってきました。お坊さんが母親に言います、「あんた、入れ物は?」。おかゆをもらうにはお椀がいります。すると母親は、「ありません」、お椀すら持っていませんでした。「入れ物がなけりゃあ、おかゆはやれんがな」。すると母親はこう言います、「こ、この手のひらに盛って下さいまし」。お坊さんはびっくりして、「ばかなことを…、そんな手にこの熱いおかゆが盛れるものか、ただれてしまうがな」。しかし、母親は、「いいえ、かまいません、どうぞどうぞ、お願いします」とせがみます。あまりに母親が言うので、仕方なくお坊さんは熱く煮えたおかゆを母親の手に注ぎ入れました。母親は、「ありがとうございます」と言い、焼けただれた手の中におかゆを入れ、それをどろろの元へ持って行き、「どろろや、お飲み、おいしいおかゆだよ」と言って、どろろに食べさせてやりました。

これは漫画の中の話ですが、しかし、こういう出来事は実際にあったであろうと思われます。我が子のためなら、たとえ火の中毒の中、こういうことができるのが、母親という存在なのでしょう。

阿弥陀様も同じです。衆生のためなら、たとえ火の中毒の中、果てしないご苦労を重ねられ、今この私に、南無阿弥陀仏のお名号を、届けて下さっておられます。私たちは、この南無阿弥陀仏のお働きによって、間違いなくお浄土へと生まれさせていただくのです。

 


2019年6月11日〜20日

怨憎会苦

華松組西光寺 佐々木世雄

 

 この法話を収録しているのは令和元年、6月4日です。一週間前には川崎市でスクールバスを襲った殺傷事件があり、

3日前には元農水事務次官による殺人事件がありました。6月4日現在は「引きこもり」をテーマに様々な議論が提起

されていますが、安易に「引きこもり」=何をしでかすかわからない。または、「引きこもり」=悪い、と言った社会

通念を形成しつつあるようで怖さを感じます。

 

 怨憎会苦という言葉があります。釈尊が示された人間の受けていく苦しみの一つで、怨みや憎しみを持った人とも会

わなければならないという苦しみです。これは生老病死の四苦に、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の四苦を

合わせた四苦八苦の中の一つで、普通は「自分にとって都合の悪い人とも会わなければならない苦しみ」と解釈するの

ですが、裏を返せば自分にとって都合の悪い人を好きになれない苦しみとも言えます。怨憎会苦の本質は人を愛せない

苦しみなのです。

 

 他を認めることができない、社会常識から逸脱した人は排除すべきだ。そんな怨憎会苦が渦巻いているのが今の世界

ではないでしょうか。仏教では短絡的な論理で物事を語るのではなく、縁起という有機的で流動的な繋がりを強く意識

します。どういうことかと言えば、親鸞聖人の言われる「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。」

『歎異抄』という視点をもつということです。縁が整えばどんな行動もとり得る私がいる。このように受け止めた時、

様々な事象も、事件の加害者、被害者も他人の話ではなく、私の話なのです。そこに初めて、自己内省と他への共感が

あらわれてくるのではないでしょうか。

 

 怨憎会苦の交錯する時代、それは仏法を道しるべとして共に歩み、共に語り合う時代だと感じています。

 


2019年6月1日〜10日

弥陀弘誓のふねのみぞ乗せて必ず渡しける

防府組万巧寺 石丸涼道

 

ケンドーコバヤシさんというお笑い芸人さんがいらっしゃいます。今では東京で御活躍中ですが、この方は元々大阪のご出身で、昔は大阪ではたらいていらっしゃったそうです。その大阪におられるときに、東京でテレビの収録があったそうです。そのとき、後輩の芸人さんも同じテレビの仕事があるというので、新大阪駅で待ち合わせをして一緒に新幹線に乗っていこうとなったそうです。

でも、この後輩の芸人さんが待ち合わせの時間になってもあらわれない。何分待っても来ない、電話をかけてみても出ない。いよいよ出発の五分くらい前になって、「これ以上待ったら遅刻してしまう。もう行こう」と、マネージャーさんと二人で新幹線に乗って東京へ向かったそうです。

そして、東京に着いたくらいになって、その後輩の芸人から電話がかかってきたそうです。そうしましたら、ケンドーコバヤシさん、電話に出るなり叱り飛ばしたそうです。

「おまえ、何時やと思っているんだ。何しとったんだ」

「すみません、寝てました」

「なに?寝ておった?じゃあおまえ、まだ家におるんか」

「それが実は、もう新幹線に乗っております。少しでも早く着くように、新幹線の一番先っぽに乗っております」と仰ったそうです。確かに一番先っぽに乗っておったら、一番早く目的地には着くかもしれません。でも、新幹線の先って言うのは、出口から一番遠い。結局、普通より遅れてしまったと烈火のごとく怒られたとテレビで仰っておられました。

乗り物に乗ったら、焦っておっても寝ておっても、同じです。今から乗っている人が努力をして変わっていく必要はありません。その乗り物の力で、必ず目的地まで届けて下さるのです。

ご開山親鸞聖人が、阿弥陀さまのおすくいをよく船に譬えておいでです。何故、船に譬えられたかというと、それは二つ味わいがあるとお聞きしております。まず一つ、乗り物は沈むものを浮かせるというはたらきがあります。そのままでは沈んでしまう石を軽石に変えていくのではなく、沈む石をそのままに浮かせて運ぶというはたらきです。もう一つ、乗り物は乗っておるものの力を使わずに、必ず目的地まで送り届けるというはたらきがあります。

如来さまが「私はあなたの船になろう」と仰ったのは何故か。「もうあなたの力は使わんよ。私がそのままのあなたを抱きとって、極楽に渡し、浄土の仏と仕上げよう」と仰います。今、如来さまが南無阿弥陀仏の名に、仏の功徳を全て込めて、私のところまで来て下さって、今この瞬間もこの口から南無阿弥陀仏と、私の耳に聞こえて下さいます。この南無阿弥陀仏に出会うものの生まれ行く先は、地獄の底ではなく、死んで終いの命ではありません。この南無阿弥陀仏に出会うものの生まれ行く先は、ともに同じ極楽浄土、如来さまの船に乗って、仏さまの国に参って、そこで浄土の仏と仕上げて下さる、今我々は尊い命を生かされております。

 


2019年5月11日〜20日

邦西組照蓮寺 岡村遵賢

 

令和元年に突入しました。

昭和・平成と生活は劇的な変化をとげましたが、令和はどうなるでしょうか。今はスマートホンという携帯電話一つでなんでも出来る時代です。写真も撮れます。買い物もできます。どんな情報でもわかります。これからまだまだ便利なものができるでしょう。

しかし、なんでもわかる、なんでもできる世の中で、私はいったいなにを知るべきでしょうか。なにしに生まれてきたんでしょうか。

時代がいくら進んでも決して解決のつかないこの問題を、後生の一大事といいます。なぜ生きるのか、なぜ死なねばならないか。他の誰にも代えのきかないこの私一人の大問題は、最先端の科学でも解決がつきません。

その後生の一大事の解決が示されているのが浄土三部経です。お正信偈です。南無阿弥陀仏によってお浄土に参らせていただく、仏とならせていただく。そのこと一つで人生の見え方が変わってきます。

昭和57年に七十で亡くなった東昇という科学者がいました。日本初の電子顕微鏡を作り、京大の名誉教授までされ、自然科学の分野で大成された方です。またこの方は、大変ご法義な母親に育てられ、自らもお念仏をよろこんでいかれた方でした。この東昇さんが晩年に尋ねられたそうです。「あなたの人生の総決算を一言でお願いします」「私の生の総決算はただ念仏であった。」「あなたは科学者として生きられたはずですが…」「科学者である前に一人の人間です」そう答えたそうです。

科学は生活を様々に変えました。お念仏は変わりません。真実なるものはどんな時代のどんな場所でも同じようにはたらきづめです。

情報が多すぎて訳が分からなくなった今、間違いのない念仏成仏の一本道の上である喜びを、この時代の変わり目に味わいたく思います。

称名

 


2019年5月1日〜10日

変わらぬお救い

美祢西組正隆寺 波佐間正弘

 

平成という時代が終わりいよいよ令和という時代が始まりました。新しい時代が始まったことへのどきどきするような高揚感が日に日に高まっていく中で、平成という慣れ親しんだ時代が離れていくような寂しさも同時に味わっております。親鸞聖人様がお生まれになられました年は一一七三年、承安三年のことであります。親鸞聖人様がお生まれになられたこの承安という時代から令和という時代まで、数えてみますと百五十もの時代が流れてきました。数の多さに驚きます。この百五十の時代の中で様々なことが変わってきました。京都へお参りさせて頂くために何日もかけて命がけで山々を歩いていましたが、今では新幹線とバスやタクシーを使いほとんど歩くことなくお参りさせて頂くことができます。話や声を聞くためにはその人に会いに行かねばなりませんでしたが、今では電波というものを使い瞬時に世界中の人と話をすることができ、遠く離れた家族の声も聞くことができます。本当に様々なことが日々変化し、常識であったことが次々に時代遅れの非常識へと変わってきたことであります。では私たちが今聞かせていただいております阿弥陀様のお救いはどうでしょうか。親鸞聖人様がお聞きになられたお救いと変わっているのでしょうか。親鸞聖人様は阿弥陀様のお救いは変わらないからこそ真実のお救いであるとお示しくださいました。時代の変化に流されるお救いであればそれは真実のお救いではありません。また今私が真実のお救いを聞かせて頂くことができるのは親鸞聖人様が明らかにしてくださり、そして百五十もの時代の中で多くの方が大切に大切に私に届けてくださったおかげさまであります。時代が変わろうとも変わることのない、親鸞聖人様がお聞きになられたお救いと同じ「南無阿弥陀仏」というお念仏のお救いを、今私が聞かせて頂くことができるということを喜ばせていただきながら、令和という新しい時代をお念仏申させていただきながら生かさせていただきたいと思うことであります。


2019年4月21日〜30日

真実を求める心

宇部小野田組西秀寺 黒瀬英世

 

先日、落語家の笑福亭松之助さんという方がご往生されたニュースを拝見しました。

この方はあの有名な明石家さんまさんの師匠であった方だそうです。そのさんまさんがテレビ番組で、松之助さんとのあるエピソードをお話されており、それが非常に印象的でした。

まださんまさんが松之助さんの弟子であった当時、松之助さんの家を毎日掃除していました。そんなある日、松之助さんが唐突に、「掃除、楽しくないやろ?」と聞いてこられたそうです。さんまさんは正直に「はい。楽しくないです。」と答えられました。すると松之助さんは「明日からどうやったら掃除が楽しくなるか考えながら掃除してみい」とさんまさんに言われたそうです。それを聞いたさんまさんは「すみっこから掃除したら楽しくなるのか、、、意外と拭き掃除からしてみると楽しくなるのか、、、」と何時間か試行錯誤して掃除をしてみました。そこに松之助さんが来て、「どうや?掃除楽しくなったか?」とさんまさんに問われました。それに対してさんまさんは「楽しくなるように考えてるんですけど、、、そう大して、、、」と答えると、松之助さんは、「楽しくなるように考えていることが楽しいんや」とさんまさんに教えてくださったそうです。

浄土真宗のみ教えも同じようなことが言えるのではないでしょうか。親鸞聖人は、私たちの中にはどこを探しても少しの真実もないとおっしゃいます。そんな不実な心で真実をつかもうとしても、その根っこの心が不実なので、何が真実かも見分けられないわけです。阿弥陀如来という仏さまは、そんな真実のかけらも持ち合わせていない私だからこそ救わずにはいられないとはたらいて下さいます。

それならば私たちは、「どうせ真実なんてわからないから」とその求めを放棄してしまってもいいのでしょうか。そうではありません。真実への求めを投げ出していては、阿弥陀様の真実も一向に気づき得ないままであると思います。私たちは真実を求めて初めて、自らの不実な相に気づかされ、ずっと昔からすでに阿弥陀様という真実が届けられていたことに気づかされるのではないでしょうか。もちろんその求めも、阿弥陀様のおはたらきの中で、不実ながらもひたむきに真実を求める私たちを包む大悲の中におさめられています。

松之助さんが残してくださったお言葉のように、楽しさを求めるところに楽しさがあるのです。浄土真宗も、真実を求めるところにまことの真実があるといえるのではないでしょうか。

 


2019年4月11日〜20日

煩悩を抱えたままの救い

須佐組浄蓮寺 工藤顕樹

 

親鸞聖人の晩年のお手紙の中に「無明の酔ひもようようすこしづつさめ、三毒をもすこしづつ好まずして、阿弥陀仏の薬をつねに好みめす身となりておはしましおうて候ふぞかし」とお示し下さっておられます。

「無明の酔ひ」とは、「正常な判断のできない状態」をお酒を飲んで酔っ払っている状態に譬えられてお示し下さいました。そして「むさぼり・いかり・おろかさ」の三つを毒に譬えられて、

「三毒をのみ好みめしあう」と私の姿を教えて下さっておられます。

本来そういう状態は恥ずかしいことであり、慎むべきことなのでしょう。しかしこのことを、私はどれだけ「自分のこと」として聞き受けているのでしょうか?

学生時分、ある先生から教えていただきました。

「人間は自分のことを半分も分かっていない。何故でしょう?それは目は外向きに付いているからです。だから他人のことはよく分かるのですね。しかし自分の顔を自分の目で確認することはできません。鏡を使えば良いのかもしれませんが、鏡に映った自分の顔は余所行きの顔です。自分がこれまで努力をして、自分が一番良く見える表情を鏡は映してくれます。鏡の枠を一歩外れれば普段の顔に戻り、そしてどのような姿なのかは結局分からないのです。」

阿弥陀様は「むさぼり・いかり・おろかさ」という「煩悩」に振り回される生き方しか知らない私の姿を見抜かれて、お念仏する生き方を選び与えてくださいました。それは「阿弥陀様をお敬いする」という生き方であります。本当に敬うべきものをお示し下さる中に、敬うべきではない自分自身の姿の一端を見せて下さいます。その姿を一つひとつ確認しながら、「南無阿弥陀仏」のお薬の用きによって、少しづつ少しづつ私の生き方が変えられていくことを喜ぶばかりであります。

 


2019年4月1日〜10日

私に届いて下さるお念仏

柳井組正福寺 長尾智章

 

私が大学の時に親しかった友人と5年前に会った時のお話です。当時、その友人には2歳と7歳になる二人の娘さんがおられました。その一人、長女の名前がリョウちゃん。リョウちゃんがまだ保育園に通っていた頃、運動会であった出来事を友人が話してくれました。

運動会の「かけっこ」でのことです。観客席から両親が見守る中、いよいよリョウちゃんが走る番。それぞれスタートラインに、リョウちゃんもゆっくりではありますが位置につきます。「位置について、用意、ドン!」と、その掛け声とともに皆一斉にゴールに向かって走り始めます。しかし、そんな中一人だけスタートラインに立ちつくす子がいます。リョウちゃんでした。皆が走る中、リョウちゃんだけは一向に動かず、それどころかついには泣き出して座り込んでしまったのです。その様子を見ていた両親、そして先生らが駆け寄り「リョウちゃんどうしたの?大丈夫?どこか痛いの?」と声を掛けますが、首を横に振りその場から動こうとしません。体に異常があるわけではないようなのですが、何かしらが原因でこのような状態になったようです。後々、お父さんが本人に聞くと、運動会という普段経験したことのない大勢の観客の中で走るというのが大変緊張したらしく、怖くなって動けず泣き出してしまったらしいのです。

周りがどれだけ声を掛けてもいっこうにその場から動けないリョウちゃん。しかし、親や先生らは何とかこの子をゴールさせてあげたいという思いからあることを思いつきました。それは動けないリョウちゃんを無理やり手を引っ張りゴールするのではなく、ゴール地点でゴールテープをもって待っている先生が、リョウちゃんのいるスタートラインのところまでやってきたのです。なかなかの発想ですよね。しかし、名案ではありますが、ゴールテープは目の前までやってきましたが、まだ本人はゴールを切っておりません。さらにそこからどうしたか。泣いて座り込んでいるリョウちゃんをお父さんがそのまま抱きかかえて、お父さんとリョウちゃん二人で一緒に無事ゴールすることができたそうです。

動けない者に自力で動けと言っても到底無理な話です。阿弥陀様は我々に自らの力で立派な者になって、たしかな者になってお浄土まで歩んで来いと仰る仏さまではありませんでした。条件を付けてしまえば途端に漏れてしまう者、動けなくなる者が今ここにいる。そのあなたをそのまま浄土の仏と救いとるはたらき、南無阿弥陀仏の名号となって今もうすでに至り届いているから安心せよと喚んで下さることでありました。お浄土というゴールがどこか遠い向こうの方にあるのではなく、娑婆という迷いの闇から一歩も動くことのできない私、そんな迷いの中にある私のもとに阿弥陀様の側から来て下さってあった、その救いの証拠が「南無阿弥陀仏」のお念仏そのものでありました。

 


2019年3月11日〜20日

一つ一つ輝く花々

華松組安楽寺 金安一樹

 

麗らかな日和が増え、春の訪れを感じる季節となってきました。自坊では梅や川桜が咲き乱れています。特に今年の川桜は綺麗に咲いてくれました。同じ一本の木に咲いた花々をよくよく見てみると、一つ一つの色合いや形が少しずつ違っており、一つとして全く同じ花はないことに気づかされます。「あ、この色綺麗!おもしろい形の花見っけ!」と、楽しむのが、私の桜の花との付き合い方です。懸命に咲く桜の花という“いのち”の一点では同じでも、私たちの目に映る姿は様々に独自の個性がある。一つ一つの桜の花々が独自の個性を個性のままに懸命に生きるからこそ、一本の大きな桜の木、全体にも色合いが出て、私たちを楽しませてくれるのです。

一方で、その個性を「あっちが良い、こっちは悪い」と、私の勝手な価値判断で良し悪しを決めてしまうのも私の有り様です。その私に、それぞれに独自の個性をもった“いのち”そのものの輝きによって、描き出される世界の美しさを知らせてくださるのが阿弥陀さまです。

 

一一のはなのなかよりは

三十六百千億の

光明てらしてほがらかに

いたらぬところはさらになし

 

阿弥陀さまは一つ一つ、一人一人の個性を輝かせてくださる仏さまです。どのいのちも独自の個性を持ち、だれも真似することができない、かけがえのない尊厳性をもったいのちとご覧くださる仏さまです。一つ一つの個性が、世界を彩るキャンパスの大事な、大事なピースだと、私のいのちをご覧くださる仏さまが阿弥陀さまです。

 


2019年3月1日〜10日

宇部小野田組三徳寺 藤本好樹

 

これはとある先生がお話されたことなのですが。

「兄弟というのは、兄と弟どちらが先に生まれたのですか」と聞かれました。私は、それは兄だろうと、兄の方が先に生まれたんだと思いました。じゃあ、と「兄が兄となったのはいつですか」と今度は聞かれました。それは弟が生まれたときだろう。弟が生まれたとき、兄が兄となったんだと思いました。すると先生は「兄と弟は同時に生まれたと言えるのではないですか」と言われました。

どういうことかと申しますと、つまり、弟が生まれる前はまだ兄になってないじゃないですか。弟がいない人を兄とは呼ばないですよね。弟が生まれたときに、兄と弟が揃ったときに、はじめて兄であり弟となった。だから、兄と弟は同時に生まれたんだ。そういうことなんだそうです。

なるほどなぁと。私は、兄は兄、弟は弟と別々のものと考えていたのですが、兄と弟を一組として見ているんだなぁと。例えるなら、右と左、表と裏、一組になっているものの片一方、そんな風に見られているのかなぁと思いました。

 

また兄弟以外のお話もされまして。

「例えば、私。西洋的には、私は私、あなたはあなたと考えます。

 しかし仏教では、今こうしてお話している私は、今こうしてお話を聞いているあなたがいて成り立っていると考えます。

 聞く人がいなければ、話しかけることはできません。お話を聞くあなたがいて、初めて話しかける私が成立するんです。」

と。そういうお話をされました。兄弟にしても、私にしても、つながっている、一組となっているものの一つなんだ。決してそれ一つだけで成り立っているわけではないんだと教わったことであります。

 

さて、これはまた別のお説教でのことですが。三方よしという言葉を教えて頂きました。三方よしとは、売り手よし、買い手よし、世間よしの三を言います。江戸時代、現在の滋賀県にあたります近江の商人、近江商人の心得を表した言葉だそうです。売り手よし、買い手よし、世間よし、いい言葉だなぁと思いまして。つい私は私、あなたはあなたと考えてしまうのが、この私に思います。しかし私一人では成立していないのが真実であると仏様は仰っているように思います。私よし、あなたよし、世間よしと心掛けたく思います。


2019年2月11日〜20日

悪を転じて徳を成す正智

豊浦西組大専寺 木村智教

 

「失ったものを数えるな 残されたものを最大限に活かせ」

2020年、東京オリンピックに引き続き東京パラリンピックが開かれます。この言葉はパラリンピックの提唱者、ルードヴィッヒ・グッドマン博士の言葉です。博士は第二次世界大戦中、イギリスで神経科医として多くの傷痍軍人の治療と、スポーツを取り入れたリハビリ活動に心血を注ぎました。その際に患者を励ました言葉です。

「失ったものを数えるな」ということは、裏を返せば、戦地から体を痛めて帰って来た若者は、将来、恋人、家族…数え上げたらきりがないほどのものを失ったということです。しかしどんなに愚痴っても嘆いても、一度失ったものは戻って来ない。そして誰も代わってくれない。私が私の人生を生きるしかないのです。だからこそ、博士の言葉は、時代を超えて今の受け止め方を切り替え、力強く生き抜く力を、与えるのではないのでしょうか。

親鸞聖人は「あらゆる功徳をそなえた名号は、 悪を転じて徳に変える正しい智慧のはたらき1」であるとお示しくださいました。お念仏は阿弥陀様が南無阿弥陀仏の声となって我が身にとけ込み、喜びも痛みも共にしてくださるので、私にただ今の身を引き受けて、生きていく力を与えてくださるのです。

南無阿弥陀仏

1『顕浄土真実教行証文類 (現代語版)』本願寺出版社4頁


2019年2月1日〜10日

「喪失体験

下松組専明寺 藤本弘信

 

あなたにとって一番大切なものは何ですか?

 

突然聞かれて驚かれたことでしょう。大切なものはいくつもある。けれども一番と聞かれたら順番をつける訳ですから困ったことでしょう。私が本願寺のあそかビハーラ病院で研修を受けていた時、ある先生からこんな事を教わりました。「大切なものを20個、人でも物でも場所でも予定でも何でも書いてください」と言われ、研修を受けていた人たちは、みなそれぞれ大切なものを書き出しました。すると先生は、こうおっしゃいます。

 

これからみなさんには、がん患者の気持ちを少しでも体験していただきます。というお言葉から、ある患者さんの話をされます。その患者さんの病気が進行していく中で、聞いていいた私達はその患者になりきり、先程書き出した大切なもの20個を少しずつ、消していきます。ひとつ、また一つと消えていくなかで、いよいよ病院のベッドで家族に見守られながら、最後の大切なものさえも消していくというものでした。大切なものに順位をつけて、なお捨ててゆかねばならない気持ちは苦しいものでした。私が手に入れたものはやがて手放していかなければなりません。いちばん大事なものでさえ、この手の中には残りません。

 

そんな私だからこそ、見捨てずにはいられなかったのが阿弥陀様だったのです。

阿弥陀様は、いつでも私があなたを必ず救います。必ず浄土に生まれさせます。なぜならあなたが私にとって一番大切なのですから。と、はたらきつづけておられます。私が一番大切と思っていなくても、その私を一番大切にしてくださる如来様。生きる私も、死にゆく私も、その切ないまでに願っていてくださる如来様の中です。どんな時も一番に大切にしてくださるはたらきに包まれている。本当の豊かさとはその中にあるのですね。

 

阿弥陀如来の本願はかならず救う任せよと

南無阿弥陀仏のみ名となり つねに私によびかけます。

 

よしと心掛けたく思います。


2019年1月21日〜31日

変わらぬおはたらき

厚狭西組善教寺 寺田弘信

 

先日1月六日に私が所属する善教寺におきましても、平成三十年度の御正忌報恩講が無事にお勤めすることが出来ました。

報恩講は宗祖親鸞聖人のご恩をしのび、そのご苦労を通じて、阿弥陀如来のお救いを改めて深くあじあわせていただく法要です。親鸞聖人の三十三回忌にあたり、本願寺第三代覚如上人はそのご遺徳をしのばれ、報恩講がいとなまれました。以来、聖人のご命日の法要は報恩講として大切にお勤めしています。

現代では元号法に基づき、天皇お一人に対して元号はひとつとする一世一元の制をとっています。平成という元号も今年の五月の皇位継承に伴い改元となります。

明治以前は世の中の乱れ、例えば大きな天災や飢饉、戦乱等があった際に、改元がたびたび執り行われました。宗祖親鸞聖人さまの九十歳のご生涯の間にも、なんと三十八回もの改元があったそうです。それほど世の中が不安定だったということを示しています。しかしそれはいつの時代も変わることはありません。

昨年一年を振り返ってみると、平成30年7月豪雨や度重なる台風襲来による被害の発生、島根・大阪・北海道で起きた地震…まさに2018年の今年の漢字、【災】が示すとおりの一年でした。

明日どうなるかわからない不安のなかに生きる…それは親鸞聖人さまの時代も、今を生きる私たちの時代も変わりはありません。しかしこれからどれほど元号が変わろうとも、どれほど時代が移り変わっていこうとも、阿弥陀如来が『南無阿弥陀仏』という声の仏さまとなって、すでに私に至り届き、はたらいでくださっている阿弥陀如来のお救いは変わることはありません。

その確かな如来さまのお救いを私たちに明らかにしてくださった、親鸞聖人さまの七百五十七回目にあたる報恩講を無事お勤め出来たことを、改めて慶ばせていただくばかりであります。

如来大悲の恩徳は

身を粉にしても報ずべし

師主知識の恩徳も

骨を砕きても謝すべし

 


2019年1月11日〜20日

往還二回向

大津東組西福寺 和 隆道

 

私のお寺の御門徒に、あるお婆ちゃんがおりまして、そのお婆ちゃんは大変腰の曲がったお婆ちゃんでございます。お婆ちゃんは、毎日、手押し車を押しながら、お墓参りに出かけます。私の部屋の窓から外を眺めますと、田んぼがあり、その向こうに農道がありますが、その道を、毎朝、お婆ちゃんが手押し車を押しながら、ゆっくりゆっくり進んでいきます。大変腰が曲がっておりますから、ほとんど前が見えておりません。ゆっくりゆっくり進んでいきます。私ならば、二十分もあれば往復できるその道を、一時間以上かけまして、お墓参りをして、帰って行くわけです。その様子を、窓から毎日眺めておりました。

そのお婆ちゃんが、先日亡くなりました。葬儀のお勤めをして、お婆ちゃんの顔を眺めたとき、私は「婆ちゃん、良かったなー」と思いました。今までは、わずかな道のりを、手押し車を一生懸命押して、一時間以上もかけて、お墓参りをしていたお婆ちゃん、ところが、この度お浄土に生まれて、悟りを開かせていただいた暁には、今度は還相の菩薩さまと成らせていただいて、自由自在にどこへでも行って、たくさんの人を救うことが出来る、ああ良かったなーと思いました。

「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり」、浄土真宗には、往相と還相という二つの道行きがございます。往相は、私たちが、阿弥陀さまの南無阿弥陀仏のはたらきによって、お浄土へと生まれさせていただく道行きでございます。還相は、お浄土に生まれ、悟りを開かせていただいた後、今度は還相の菩薩となって、衆生済度を行ってゆくというものでございます。「往相回向の利益には 還相回向に回入せり」、往相・還相、二つの回向の利益をいただいておる、わが身の仕合わせを聞かせていただくばかりでございます。