お寺を訪ねて〝ホームページ版〟

 神田川の土手一面の菜の花を愛でつつ、かつて津原城のあった稲積山の麓に位置する善勝寺(下関市王司神田 住職 津原恵隆)様をおとずれ「十六日会」を訪ねた。40名ほどの参拝者とともに、お勤めが始まった。 

 善勝寺十六日会は、毎月16日午後7時から、善勝寺仏教壮年会(前川光徳会長)の主催により開かれている。現在の会員は60名である。その世話人となっているのが、豊浦組連続研修会終了者である。平成7年7月に結成され、その趣旨は、組の連研参加人数には会所の関係などにより制限があり、希望者全員が出席できない事情があった。その受け皿として、独自に寺で研修会を開き、壮年会々員はもとより、すべての門徒が出席可能な連続研修会を結成しようと壮年会が立ち上げた。 

 内容は、勤行、ビデオ上映、一口知識、法話で二時間の予定が組まれている。調声、司会などは壮年会々員の当番制で進行されている。その中で一口知識は、ご門徒の方が仏法にとらわれず、様々な方面の知識を話される。 

 また、一期を15回の連続研修として、一期の内容を一貫したものとしている。現在は第5期であり、ご住職よりお正信偈の法話が取り次がれている。そして、一期ごとに全回参加者には皆勤の記念品を贈呈するなど参加者への心配りをされ、会の発展に勤められている。

 この会のご苦労を壮年会々長にお聞きしたところ、「苦労ということは別にありません。組の連続研修会に参加して本当に良かった。この連研の大切さを知り、続けていきたいという思いを同じくする会員で支えられている。」と語られた。また、総代の今谷静馬さんは、「仕事を退職後お寺に足が向くようになったのも、この十六日会のおかげとも言える。仕事中心の生活からは違った生きる方向を気づかせていただいた。」と喜びを語られた。

第4期皆勤出席者の西保さんは、「お寺参りが当たり前と思って、参っているといつのまにか皆勤でした。」と、それぞれにこの会への思いを語られる言葉に、聴聞の場として会を大切にされる姿が尊ばれた。 

 また、ご住職と坊守(津原純子)様は「ご門徒との心の繋がりが深まった。十六日会を楽しみにしています。」と、ともに喜びを語られた。法座とはまた違う特色のある十六日会が善勝寺の教化活動の大切な基盤となっている。

 ちなみに、善勝寺余間には「 御袖乞弥陀(おそでごうみだ)」(別名 御身代弥陀)という御尊仏が安置されている。この御袖乞弥陀の伝承には次のようにある。 

 ある夫婦があり、妻がよくお寺参りをするのを嫌った夫が、寺参りの帰り道に妻を待ち伏せて、妻を刀で斬りつけた。家に帰ると、妻も程なくして帰ってきたのに驚いて訪ねると、若き出家者が助けてくれたと言うので、不思議に思い現場に行ってみると、路辺の草も血に染まっており、さらに血をたどっていけば、玉泉寺の御尊仏の右袖を切り落として御肘より血が流れているのを見た。それから後は「御身代弥陀」と呼ばれるようになった。その後、この御尊仏を預けることになったお千代が片袖なき御尊仏の補修を依頼したときに、父の夢に片袖を乞はれる不思議な仏意により「御袖乞弥陀」と呼ばれるようになった。そのお千代がお家断絶の為、善勝寺に滞留したことがあり、その縁でここに安置された。爾来、毎年法要がお千代の命日(3月24日)に厳修されている。

 

 

 

 

 

 昭和40年に御袖乞弥陀入仏ならびにお千代の三百回忌法要の際に建てられた「御袖乞如来御座所」の碑