お寺を訪ねて〝ホームページ版〟

青少年のいのちの土台は宗教である

 この精神が、人生の基盤となり「ボーイスカウト岩国第1団」を創立し、55年間住職道と共に今日まで歩んでこられた。この度は、ボーイスカウト運動55年の歳月を生きてこられた岩国組本能寺(小島道雄住職)小島孝惇前住職をお訪ねしました。前住職は、終戦の荒れ果てた土地と共に、荒涼とした心をいかに回復を図ればよいか、特に青少年の心に生きる歓びを与えるものは何かを思案し、宗教心を培うことが大切と結論に達したのであります。

 そこで前住職は「青少年の育成に宗教心を養うことが必要と思い、ボーイスカウトが宗教心を養うに最も適している」と決断され、昭和22年11月28日、ボースカウト岩国第1団を結成され、本部を本能寺に設置された。

 その後、岩国第4団・5団を結成され、平成9年にはボースカウト岩国第1団50年、第4団・第5団20周年記念式典が開催され、そして記念誌が発行されました。記念誌には、前住職のご苦労が讃えられ、その一端を記しておきます。 

 「スカウト運動は自立心、奉仕の心、優しさを兼ね備えた青少年の育成を願った活動であります(中略)岩国第1団、第4団、第5団は、長きは 50 年にわたって原理を追及してこられ、県内いや、日本のスカウト運動においても数少ない団の一つであります」(ボーイスカウト山口県連盟理事長 市川熙)「50年間、小島孝惇先生を中心にされ、社会のために貢献できる多くのスカウトを育ててこられ、岩国市をはじめ、近隣市町村や山口県のスカウト運動の原動力と活躍され(以下略)」(ボーイスカウト山口県連盟 県コミッショナー 松野清和)

 さて、「2002(平成14)年7月ボーイスカウト岩国暁団第7回団会議」が本能寺において開催され、取材班はその日に合わせてお訪ねいたしました。 

  尚、岩国暁団とは、第1団、第4団、第5団を総称された団名であり、団会議は暁団の育成会であり、それぞれの団長、団委員長、事務局で構成されていますが、そのメンバーは前住職に育てられた方々です。セレモニー(ご本尊に合掌礼拝の後、スカウト創立者ベーデン・パウエル卿の肖像に向かって礼、そして連盟歌斉唱)の後、団会議は始まり、各隊の6月の行事報告・錦川水の祭典(花火大会)の奉仕について等の協議に関する事項・連絡依頼事項が協議され、午後7時30分から始まった会議は夜も更け終わりました。 

 尚、ベーデン・パウエル卿が1941年に「親愛なるスカウト諸君」と宛てられた最後のメッセージに、「幸福な生涯」と題された言葉「幸福を得る本当の道は、他の人に幸福を与えることによって得られるものです。」に共感を覚えました。

会議の合間に前住職とお話させていただき、住職道(住職は平成8年に退任され、現在は道雄氏に引き継がれた)約55年に亘って歩まれ、教育に長年携われ、スカウト運動に55年間尽くされた軌跡の言葉の迫力に、私たち取材班は圧倒され、また顔には充実感に満ち溢れた輝きを見せていただきました。

 しかし、スカウト運動に対しては情熱は未だ絶えることなく、「兎に角、スカウト運動は奉仕と掟である」と、何度も繰り返し述べられた言葉が印象的でした。そして長年連れ添ってきた坊守さんもにこやかに笑って、前住職との二人三脚の人生をしみじみと味わっておられました。  

 前住職は、ボースカウト山口県連盟理事・副理事長・理事長を経て、現在は山口教区スカウトクラブ副会長に就任されています。  

また本能寺境内地には、「ホンノー薬品株式会社」があり、社長は小島道雄住職が努めておられます。 

ホンノー薬品の由来は、1789年「本能寺」第8代住職により「うちみの内服薬」として創られ、現在に到っています。