お寺を訪ねて〝ホームページ版〟

牛にひかれて善光寺写経に引かれて信光寺

 ようこそのお参りでした」と平成14年11月、信光寺(河野藤丸住職)の永代経法要の冒頭、ご講師の松月博宣師の言葉である。この永代経法要のご案内には、「四百七十年余にわたり信光寺を護持して下さった私たちの先輩方のご苦労を偲びつつ、門信徒の皆様に『写経』をしていただき、阿弥陀如来の尊前にお供えいたします。ご報謝の営みとして、ご家族皆様で一文字一文字を大切にお書きいただければ幸甚に存じます。」とあり、ご住職自身が書写された『讃仏偈』が薄い文字で印刷された写経用紙とともに全御門徒に配布された。

 写経という、浄土真宗ではあまり馴染みのないことに、積極的に取り組まれているのには理由がある。平成8年の「信光寺平成大修復落成・第十六世住職継承奉告慶讃法要」後に、それまで春と秋の彼岸会法要と併修していた永代経法要を、単独で11月におつとめしたところ、参拝者の数が極端に少なかったため、新しい法座を始める難しさを痛感された。そこで、翌年より前記のような永代経法要の案内をして、初日の昼座で各自の写経文を全員で読経したあとにお供えするという形にしたところ、お参りの数が倍増したという。最近では、二日目のご満座で、尊前よりお下げした後、再び全員で読経するようにしたら、永代経二日間の参拝者の数がさらに増えたそうである。

 「たしかに今でも功徳と思っている人が多いと思う。でも、そのことがお寺に足を運ぶご縁になれば。お聴聞してもらわなければ何も始まらないのだから」と河野住職が言われるとおり、読経にしても、お念仏にしても、それが功徳になると思う人が多い中、写経だけが、真宗に馴染まないということではない。お経にふれることは、読経であれ写経であれ、いずれもご報謝の営みである。この写経の試みが成功し、「遠方にいる子どもに送って、半分書いてもらいました」、「一度もお寺にお参りしたことのない夫が、三行だけ書いてくれました」という話も、伝わってくるそうである。家族が心を合わせて一つのことに取り組むことがなくなってきた時代だからこそ、みんなで写経を完成させることは有意義であろう。

 信光寺は、町筋にたくさんのご門徒が集まっている。農村部のご門徒は、横のつながりが強く、いろいろなことが伝わりやすいが、習俗が強い傾向にあり、町筋のご門徒は、その逆である。何かの案内をしても誘い合ってということは少ないが、興味を持てば、白紙の状態で聞いてもらえる。組織の中で役員などを引き受けることには消極的だが、何かをしたいという気持ちはあり、「自由参加」に反応する傾向にあると言われる。特に仏壮会員は、このような傾向が強いため、ダイレクトメールや法事の席での直接の勧誘によっての入会が多いそうである。取材当日は、年1回の仏壮総会の日であったが、毎月1回は、単独例会・仏婦との合同行事等何らかの形で集まりがあり、出席率も高いそうである。

 年5回発行される寺報によって案内される、御正忌・春秋彼岸・降誕会・永代経法要等の伝統法座だけではなく、「寺子屋セミナー」(2年間12回・第2期開催予定)、「仏事のイロハセミナー」(1年4~6回・毎年開催)等の「無料で会員制」の研修会も開かれている。しかしそのような中で、「研修会で、お同行は育たない。研修会の参加者の中から、伝統法要に少しでも多くお参りして下さるようになって欲しい」との、河野住職の模索・気持ちが、ご門徒にも少しずつ、しかし着実に伝わっていることを感じさせられた。