テレホン法話_2012年 ℡ 083-973-0111
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「着信は常にあり」
防府組妙玄寺 神保理恵
新年度がスタートしました。年度替りとともに、状況が変わり、家族や親しい人と離れて暮らすことになった方もいらっしゃるでしょう。最近は距離が離れていても、以前より連絡が取り易くなってきました。固定電話・携帯電話・メールなど便利な方法があるからです。しかし、便利なだけでしょうか。こんなご経験はありませんか?電話に相手が出ないさみしさに駆られる。メールの返事がない悲しさに縛られる。相手の都合関係なしに、私は自分中心に孤立感を心に思い描き、その孤立をいつしか本物にしてしまいます。また、電話は音を鳴らすという機能を持っていても、誰かが私に電話をかけてくれないと、私の電話は鳴りません。相手の働きかけがないと鳴らないという意味で、電話の呼び出し音はお念仏に少し似ています。阿弥陀様が自らの思いに囚われて苦しむ私を既に見抜き、救おうと願いを起してくださったからこそ、お念仏が私の口にあらわれてくださるのであります。しかし、決定的に違うことがあります。阿弥陀様との電話に不在着信はありません。どこにいても私は阿弥陀様からの電話を受けられるのです。それは、阿弥陀様がいつも私を呼び出し続けてくださっているからであります。
距離が開いてしまった人に連絡してみましょうか。連絡を待ってみましょうか。何か別の事をしましょうか。私は自分の思うようにしか行動できません。ただ、そこに阿弥陀様へのご報告を追加してみませんか?連絡が通じて安心しても、連絡が取れなくてさみしさを募らせても、他の楽しみを見つけても、どんな結果でも、阿弥陀様からは私を呼び出し続けてくださっています。お念仏を頂いて、さみしさも不安も嬉しさも楽しさも、お話させていただきましょう。阿弥陀様はいつも私に思いをかけてくださっています。私は一人ではないと味あわせていただいていることであります。
「虚仮なる世間の中に生かされて」
美祢東組明楽寺 秋里大勝
近頃新聞やテレビのニュースなどを見ていますと、年金消失、議員或いは会社役員の汚職、親が子を殺すなどの報道が目につく気がします。そのような報道を見るたびに、「今自分が生活している日本はどうなっているのかな?」と思います。
この様な状況のなか、聖徳太子のお言葉として伝わっています「世間虚仮 唯仏是真」が思い出されます。このお言葉は聖徳太子が49歳でお亡くなりになられて後、太子がご往生された浄土を描いて作られた二帳の刺繍『天寿国繍帳』(てんじゅこくしゅうちょう)の銘文の一部です。
「虚仮」とは「空(虚)しくて仮のもの」という意味で、「虚」とは、見た目は中身がぎっしり詰まっていそうなのに、開けてみると中身は空っぽで何もなかった、その時に裏切られた虚しさを「虚」といいます。「仮」とは、仮面を被っている状態を表しています。その仮面を取ると違う顔が出てくる、つまり見た目と中身が違うことを「仮」といいます。
世間では、お金や物、名誉や都合のいい人間関係を追い求め手に入れることを幸せといい、心のよりどころとしますが、それらは本当の幸せなのでしょうか。「世間虚仮 唯仏是真」という太子のお言葉におたずねしますと、世間で追い求める幸せは仮のものであって虚しいものである、真のよりどころは世間を超えた仏のみであるとうかがえます。
『歎異抄』の後序に「火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」と親鸞聖人の仰せがございます。聖徳太子のお言葉に似ていますが、この太子のお言葉が発見されたのは親鸞聖人のご往生より後のことだったそうです。生きられた時代や立場等に違いはございましょうが、厳しい現実を生きられたお二人のお心が仏法という真実によって通じていらっしゃったのでしょう。
仏法という真実に遇ったとき、世間の虚仮を知ると同時に真の心のよりどころを知り、この虚仮なる世間を生き抜いていく道を歩んでいけるのです。
私たち念仏者は、阿弥陀如来様のお心を疑いなく聞かせていただき、そのお心を真の心のよりどころとし、口にお念仏申させていただく日暮を送ることが、この虚仮なる世間を生き抜いていく道であると思うことであります。 口称
「待ちかねて」
熊毛組光照寺 松浦成秀
大相撲初場所では親孝行と評判の大関把瑠都が初優勝しました。その優勝の影には、暖かな奥さんとお母さんの支えがあったそうです。私たちも南無阿弥陀仏という真実の親様に出会わせていただいております。
祭りには皆とは書けど機は娘 今も本願の上は十方衆生あらゆる衆生
なでてさらいてみんな来いよと仰るが わがの目当ては地獄真向きのこの私が愛しさに
発願回向に悉得往生 無条件は機の方で条件付は法の方とまでも御用意なされて
呼び込んで下さる親様は三世に一仏恒沙に一体
お立ちかかりの御阿弥陀様より誰もないぞと聞こえてみれば
必堕無間が東の方 西の方をよくみれば悉得往生の親様が
四十八願成就して正覚の弥陀となりたもう
逃げられて逃げどころのなし胸の先 善知識の行司で十八願の土俵の上に
呼び出されたこの私は
右の桟敷を眺めてみれば観音様をはじめとして四種の菩薩がト見仏
左の桟敷をよく見れば勢至菩薩をはじめとして恒沙の諸仏もト見仏
前と後ろは二十五菩薩
西の横綱が悉得往生のお阿弥陀様 東の横綱 必堕無間のこの私
今日一番の好取組を見仏せんと十方界外の諸仏如来がト見仏
一年帰命の土俵の上は片や阿弥陀仏 片や必堕無間の張り出し横綱
さあささあさあ呼ぶは行司の声で あの手で行こうかこの手で行こうかと
思案する間がなくて うち突かれた一発が三信十念と口出しに告げば
負け衆生はかかる機までも助けたまえる仏は阿弥陀仏ばかりなりと知りて、
何の要もなく 一念帰命のその場が正定ジュ
親は抱いて喜び子は抱かれて喜ぶ 他人混じらず水いらず 親は子を呼び子は親を呼ぶ。
南無阿弥陀 親に呼ばれて親を呼ぶ 呼ぶ我が声声 親の声と
三毒五欲の波間波間に大悲深重のあなたより呼び起こされて 後念相続が港入り
娑婆のご縁の尽きるまで 生きなば念仏申しなん 死なば浄土に参りなん
これ松葉と同様に枯れて落ちても二人連れとはなんたる幸せ者ぞと
親子仲良く手に手を取って かように渡世に精を出し
迎える浄土の楽しさを待ち受け待ち受け念仏相続が何よりの肝要なり
「私の願い」
熊毛組蓮光寺 阿部智史
私事ですが、家族が3人に増えました。家族が増えると願いも増えたように思います。「家族が末永く幸せに暮らせますように」と言う願いをはじめ、「もう少しお金があれば楽なのにお金がほしい」と言う願い。子供を育てるのにはバリバリ働いてお給料を貰わなくてはいけないので、「大きな病気や事故に遭わないように健康ですごせるように」と数えればきりがないほど願いも強くなったように思います。
しかし私の起す願いはどこまで行っても苦しみが付いてまわります。順調にいって幸せと思っていればましな方で、当たり前でやり過ごして感謝すらしていません。しかしお金も、建康も、家族も永遠に順調には行きません。そして順調に行かなくなったとたん、願っていれば願っているものこそ苦しみが大きくのしかかってきます。煩悩から離れない私の起す願いはどこまで行っても苦しみから離れないのです。
阿弥陀様は私の願いを叶えてくださる仏様ではありません。叶えてくださっても苦しみの根本解決にはならないからです。ましてや苦しみを助長し深くするばかりなのです。
しかしながら阿弥陀様は私に願いを掛けてくださいました。「信じせしめ、お念仏称えせしめ必らず救う」と誓われたその願いは、命終った後浄土に迎え摂ってくださり仏様としての命を回し向けてくださるお救いです。
死と言う問題に目を背け地に足のついてないこの私に、地に足をつけて生きていくお救いを回し向けてくださいました。目先のことまかりに追われ本来の私らしく歩んでいけてない私の命の上に、私が私らしく歩んでいける命を回し向けてくださるお救いです。阿弥陀様のお救いは死んだ後に働くばかりでなく、死んでいかなければならない命の上に働いてくださるお救いであります。
「必ず救う」
厚狭西組常元寺 伯浄教
少し前の事となりますが、テレビを見ておりましたら神社の特集をしておりました。その番組の中で、東京にある「気象神社」が紹介されました。この神社は日本で唯一、お天気の神様が祭られて、御利益(ごりやく)は天気予報の的中や、晴天祈願、雨乞いなどであり、祈願される方も天気に左右される仕事の人が多いそうです。
番組では、リポーターが神社の方にこういう質問をされました。
「同じ日に、晴れを願う人と雨を願う人がお参りをされたら、神様はどちらの願いを聞かれるのでしょうか」
神社の方は「どうでしょうか、最後は祈願された方の心です」と言われました。
私はこの言葉を、晴天祈願をしても雨になったならば、それは祈願した人の心の問題だから、その責任は自らとりなさい、神様に責任は無いと言うように思えました。
阿弥陀仏がまだご修行の時代の法蔵菩薩であったとき、すべての人々にお念仏を称えさせて、お浄土を願わせて仏にしたいと師匠である世自在王仏に誓われました。さらに「若不生者、不取正覚」と、お念仏を称えるすべての者が往生成仏しないならば、自らも阿弥陀仏となりませんと言われました。
そうして、兆載永劫という永い、永い時間のご修行の末、この誓いを成就され、成仏されました。今現に、阿弥陀仏が阿弥陀仏として成仏されているということは、私の救いの法はすでに仕上がっており「南無阿弥陀仏」といただいているということです。
この阿弥陀仏からいただいた「南無阿弥陀仏」のお念仏は、お念仏称える側の心は関係なく、お念仏を称えさせた責任、お浄土を願わせた責任はこの弥陀が必ず取るから、どうか、まかせておくれ、安心しておくれのお心でした。この阿弥陀仏のお心を親鸞聖人は「願成就一実円満の真教、真宗これなり」と教えてくださいました。
『一方通行なるお働き』
熊濃組 真光寺 米澤顕
「子どもの痛み、苦しみは、親の痛み、苦しみである」ということをよく聞きます。昨年、私の子どもが生まれ、親の立場になり、その言葉がより一層身にしみてまいりました。
私の子どもは、小麦アレルギーの症状が出ます。小麦粉を使用した食品を口にすると、全身にじんましんが出て、泣いてその不快感を表します。ですから、小麦粉を使った食品は一切食べることができません。いつも私と妻が小麦粉を使用していない食品を慎重に選び、どうしたらアレルギーの症状が出ずにおいしく食べられるだろうかと、試行錯誤しながら食事を作り、食べさせています。しかし、子どもは一言もアレルギーの症状が出ないように食事を作ってちょうだいと、親に頼んではいません。しかし親の私たちは、どうしても作らずにはおれないのです。
このときの親の気持ちは、アレルギーの症状が出て苦しまないように、おいしく食べられるように、という一心です。いつか成長したら親の苦労に報いてくれるだろう、というような思いは微塵もありません。他人との関係は対面通行ですが、親子の関係は親から子へと一方通行なのです。
この親から子への一方通行の働きかけと同じように、阿弥陀さまは、作りと作る悪業を重ねて煩悩にまみれながら日暮らしをしているこの私を、まるで病んでいる子どものようにご覧になります。そして、この私を放っておくことができず、私の身の上に条件をつけることなく、何としても抱き取らずにはおれないという願いを起こされ、南無阿弥陀仏の声の仏さまとなって私たち一人一人の身の上にお働き下さいます。
「わたしゃあなたにおがまれて
たすかってくれとおがまれて
ご恩うれしや なむあみだぶつ」
妙好人と言われます浅原才市さんがこんな歌を詠んで下さいました。
私たちは、阿弥陀さまに「どうか助けて下さい」と、頼んで救われるのではありません。私たちの身の上には、もうすでに「どうか助かってくれよ」と阿弥陀さまの方から頼まれての親心が届いていて下さいます。お念仏を申させていただき、阿弥陀さまの一方通行なる無条件のお救いを喜ばせていただきましょう。
「居場所」
玖珂西組 善德寺 井上光保
「救いとはなんですか?」と問われたらどのようにお答えになられますか?ある方が「救い」とは「場所が与えられることです」とおっしゃっておられました。そこで場所ということについていろいろ考えをめぐらせておりました。
ご本山からの帰り、京都駅で新幹線を待つために待合室で一人ボーっとしておりました。ふと視線を下へ向けると、そこにはよちよち歩きをしている子供がいます。もちろんその後方には親御さんと思われる方が微笑ましく子供さんを眺めていらっしゃいます。その時です!ごちんっ!とその子供が椅子の脚の角で頭をぶつけてしまいました。大変だ、とは思いつつもこの子は次にどうするのかな?と見ておりましたら、すぐには泣き出さないのです。近くにいる大人の顔を見ます。そういう時大体大人はどうするかというと、「アイタタタ・・・」と痛そうにしたりビックリした顔をします。その顔を見て子供はやっとエーンと大きな声で鳴き始めるのです。そして親御さんにくるみとられてから、また、さらに大きな声で泣いていました。
泣いてもいいんだ、泣ける場があったんだということを感じ、「場所」とはこういうことだと思いました。南無阿弥陀仏というみ親様。それは、わたしの存在にそのまま無条件で場所を与えてくださるお方であります。辛い時、苦しい時、人生に行き詰った時、そういう時こそ「そのまま」との仰せが響いてくるものであります。しかも無条件でありますから、もうすでに今わたしはその「救い」の真っただ中であったということです。涙をぬぐい自分で立ち上がったら救うという条件付きの場所ではなかったことが、尊くもったいなく味あわれるものでありました。
阿弥陀様はいつもわたしによりそっていてくださいます。
「悲しい時に 共に泣いてくれる人のいることは 泣いていたって 幸せ者なんだ」
南無阿弥陀仏
「無常の世の中から」
美祢西組西教寺 青木香雄
以前にご葬儀の時のお話を聞かせて頂きました。それは、30歳ぐらいの若い夫婦の子ども。いうなれば小学校に通う子どものご葬儀です。子どもの葬儀と言うことでお寺のご院家さんがご法話をされ、様々な話をして最後にこのような言葉を言われたんです。その言葉と言うのは・・・「この子は本当に大きな仕事をしてくれた。ありがとうの。ありがとうの。」と、感謝の言葉を言われたんです。一見すると子どもが亡くなった悲しい、つらい葬儀なのになんで感謝の言葉を言われたんだろうと疑問に思われる方も多いと思います。しかし、この言葉の裏にはとても大切なことがあるように思います。それは、人というのは生まれながらにして年を重ねて亡くなるというだけではなく、若くし・幼くして亡くなる方も多いと思います。また、今年は3月11日に東日本における大震災がありました。本当にこの世の中というのは、いつどうなるかわからない。そのことを仏教では無常の世の中と言っています。しかし日常生活している時にはそんな言葉はどこか遠くの方におきながら生活しているように思います。そんな時、子どもが亡くなったらとても悲しく辛いことではありますが、この子が身をもって無常の世の中を改めて教えてくれた気がします。また、この子の親は30代ということで若い夫婦です。若い方というのはお寺に参るかというとなかなかご縁が少ないと思います。また、一生涯1度もお寺に参らずに亡くなる方も多いと思います。そんな若い夫婦がお寺参り、言いかえれば仏縁が結ばれたと言うことは、そこに大きなはたらきがかけられているように思います。このことを思った時に、私たちに無常の世の中を改めて教えてくれて、仏縁を結んでくれた、「本当に大きな仕事をしてくれた、ありがとう・ありがとう」と言われたご院家さんの言葉の意味が少し伺えるのではないでしょうか。
また、隣の国中国では、儒教と言うみ教えがあります。儒教と聞くと親を大事にしましょう。先祖を大事にしましょうとよく聞きます。そんなことからか、儒教の世界では子どもの葬儀をしないと聞きました。とても驚いたんですが、有る言葉に、「親よりも先に子どもが亡くなるのは一番の親不孝だ」と言う言葉があるように、子どもの葬儀をしないのかなと。とはいってもとても辛いことなので家族の方はお勤めはするんじゃないかと思いますが、一般的には儒教は子どもの葬儀はしないと言われています。
本当にこの世の中にはたくさんの宗教がありますが、私たちは仏教は浄土真宗のご縁を頂いております。そんな中、子どもが亡くなったと聞くと、とても辛く悲しいことですが、そこから残された私たちが何を感じ、何を思い、何を伝え残していくことが大事なのかということを学ばさせて頂くことが大事だと思います。この人生、もしかすると辛く悲しいことが多いと思います。また、自分の思い通りにならないことの方が多いと思います。そんな時に、手を合わせナンマンダブツ・ナンマンダブツとお念仏する中で、悲しみ・苦しみは無くなりませんが、それを乗り越えるはたらきを頂く。当たり前のことが当たり前じゃなかったと、「ありがとう・ありがとうと」の報恩感謝のお念仏をさせて頂く日暮しを大切にしていきたいと思います。
「光の中で」
厚狭北組萬福寺 厚見崇
テレビであるタレントがこのたびの東日本の大震災の話をしていました。その方が被災地を訪ねたときに、被災者の方からこんな話を聞いたそうです。
「被災地ではテレビで報道されている以上に、悲惨な状況のところがある。それでも、人々は復興へと歩み始め壊れた家の後片付けなどをしている。そんな中に、泥棒がいるんだ。崩れかけた他人の家に入り、勝手に残っていた現金や家具を持ち出している人がいる。でもねぇ、自分はそれを非難する事はできない。もしかしたら、その人はもう何もかも無くなって今日明日を生きるためにやっている事かもしれない。同じ被災者として気持ちが分かる。だから、私はとがめる事はできない。」と。
私はこの被災者の方の話を聞いて、阿弥陀様のはたらきのようだと感じました。
『歎異抄』には、親鸞聖人は「さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまひもすべし」と仰ったとあります。私達は生きるなかで、縁によっていかなる行いもしてしまう存在なのです。あの何もかも失った状況では、残った家族のため、自分が生きるためと、私も人のものを盗まざるを得ないかもしれません。
その私達にはたらき続ける阿弥陀様のことを親鸞聖人はこのように和讃にうたわれました。
煩悩にまなこさへられて
摂取の光明みざれども
大悲ものうきことなくて
つねにわが身をてらすなり
縁によってはいつ悪の行いもしてしまいかねない私達。だからこそ、阿弥陀様は全ての者を常に照らし続けます。悪い行いもしてしまう迷いの世界から真実の世界であるお浄土に生まれさせるからと呼びかけ通しなのです。
あの泥棒も、泥棒に我が身を重ねたあの被災者の方も、そして私もともに阿弥陀様の光明に照らされた仲間でありました。 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
「彼岸によせて」
大澤直誓
何日か前、近所で幼馴染、子供のときよく遊んでた女の子が、戻ってきたと報告にきた。
広島で就職していたが、旦那様の仕事が山口になり、ついでに母1人が山口に残っているから、その母と一緒に暮らすという。
かなりの久しぶりの対面に、玄関で懐かしい話で盛り上がった。
田んぼに川に山にと、自然相手によく遊んだこと、今はその当時の跡形もないこと、など様々だった。
その中で、カブトムシの「直明」の話がでた。
小学3年の夏、2人で山に取りにいって、二人の名前の一字づつをとって付けた名前が「直明」
喧嘩させたら負けなかったカブトムシだった。
2人で大事に育てた。
でも、秋に入るごろ、あっけなく死んでしまった。
2人で作った金木犀の木下にある墓は・・・今でも残っている。
2人して泣いた後に、木の板に「直明」と書いて、金木犀の木の下に埋めた。
穴を掘り、「直明」を埋め、板を立てて、手を合わせた。
「こんな時、何て言うの?」
幼馴染が聞いてきたので
「なまんだぶー」だよ、っと答えた。
「どんな意味なん?それで直明は大丈夫なん?」
その問いかけには、まだ答えられなかった。
すると、後ろからお彼岸で境内墓地にお参りに来られたおじいさんが
「弥陀が『大丈夫』と言っておられる言葉じゃ」と声をかけてくれた。
「虫じゃろうが、動物じゃろうが、人間じゃろうが、同じようにイノチを見ておられるのが『阿弥陀ほとけさま』じゃ。その仏様からのなげかけじゃ。わしゃーそのようにイノチ見ることは無理じゃがの」
「なら、このカブトムシは大丈夫なん?」私は聞いた。
こくっとおじいさんは頷いてくれた。
2人でよかったよかった、なんまんだぶー、なんまんだぶーと手を合わせた。
「そんなことあったね」って言って、「今は病弱の母がいるから、あの子供のときに聞いたおじいさんの話がなんとなくわかる」と。
懐かしさのあまり、金木犀の木の下に行って、まだある「直明」のお墓の前で、手を合わせた。埋めた時は金木犀も花をつけ、かぐわしい香りをはなっていたが、この時はまだつぼみ。
幼馴染が「帰郷報告が法事になっちゃったね」っていったので
「今年が丸31年、来年が33回忌、日にちまでは正確にわからないけど、この金木犀が咲くころに法事をしよう」と笑った。
縁により、様々な追憶が一瞬にして繋がる。
今だあの時のおじいさんは誰か思い出せないが、あの時の台詞は思い出せる。そして、あの時言ってくれたことは、今はおかげでよくわかる。
本願寺山口別院
山口教区教務所




